想いと本能 (ディーリア視点)

「この辺りには、いい獲物がいないな」

鹿とは言わないまでも、ウサギぐらいは欲しかった。

もってきていた干し肉は食べきってしまった。

さびしい夕食になりそうだ。


「あれは美味しいよ?」

「あれか。いや、やめておこう」

アリアが指さしたハトはよく太っている。

けれど、鳥を撃つのは躊躇われた。


自分が射るというのをたしなめられ、口を尖らすアリアの頭をエリオットが撫でる。

うらやましい。

そんな声が聞こえたかのように、エリオットがアタシをみた。

緑の瞳に射られ、アタシは息を止めた。


「あてにしてすまないが、あのハトを獲ってもらえるかい?」

「そりゃあ、獲れるけど。いいの?」

「もちろん」


アタシだって、鳥ならなんでも愛おしいわけじゃない。

エリオットに怖がられるのが心配なだけだった。

そういうことなら、躊躇う理由はない。


造作なくハトを二羽射落とした。

エリオットが羽を毟るのを手伝うという。

だめに決まっている。

金の小鳥がハトの羽を毟るところなんて見たくない。

お願いだから、アタシのイメージを壊さないで。


どうか休んでいて欲しいというと、エリオットはアリアと燃やすものを集めにいった。

できることを見つけるのがうまくて、骨惜しみしない。

以前頼まれて組んだ、アタシを利用してラクしようとした連中とは大違いだ。

そういう、エリオットだからこそ、何年も友達でいられた。


解体した肉で、エリオットがスープを作っている。

肉だけじゃなく、キノコやハーブも入っていて、いい匂い。

アリアはもう眠いのか、しきりに目を擦っている。

食べたらすぐに休めるよう、簡易テントの準備をしておこう。


「こういう日が、ずっと続けばいいのに」


これまで食事はしても、ふたりの家に泊まったことはない。

さびしくおもいながらも、それが彼の距離感なんだろうと受け入れてきた。


けれど。


アリアの言葉で気づいた、鏡もガラスもない家。

そういえば、食器さえ木か陶器だった。

街に戻ったら話がしたいとは言ってある。

エリオットが人間じゃない、むしろ小鳥なことを知っていることを。

誰にも言わないから、安心してほしいって、アタシも人狼で人間じゃないって伝える。


そのうえで、一緒に暮らしたいと言ったら、エリオットは受け入れてくれるだろうか。



夕食を終え、アリアは先に眠っている。

エリオットがお茶を入れてくれた。


「いい香りだね」

だらしなく頬が緩むのをこらえて、短く告げる。

エリオットは無言のまま、熱いそれをカップに注いだ。


「ディーリア、ききたいことがあるんだ」

熱々の茶をふうふうと冷ますエリオットを眺めていると、突然話しかけられた。

「このごろ、やけにぼくをみているだろう?あれは、どういうつもりなんだい?


どうもこうも、一瞬も目を離したくないからとしか。


「距離が、その、近いし、荷物を持ってくれるし、獲物の下処理をさせない」


「それは、」

言いかけて、言葉を探す。

アタシの理想の小鳥だから、というのはあまりに突然だろうか。


「ぼくのことを、守らねばならない貴婦人だとでも思っているのか?」


貴婦人という単語がやけに耳に刺さった。

「ええっ?エリーって、メスなの?」

「メス……?」

「あ、ちがう?ほら、鳥の性別ってわかりにくいだろ? オスのほうが色合いが派手ってきくから、てっきりオスだとおもって」


第一、エリオットは男だ。

ふつうに考えればオスだろう。

いや、どちらでもいい。

オスでもメスでも、かわいらしさにかわりはない。


「まて、なんの話をしてるんだ?」

エリオットが狼狽えたように遮る。

なんのって、エリオットが言い出したんだろう?

オスでもメスでもいい。

大事なのは。


「エリーの本体。金色の小さい鳥。可愛いよね」


やっと言えた。

アタシは途方もない解放感に包まれた。


「なっ」

とびあがりそうに驚くエリオット。

「おお!びっくりして羽が膨らんでる!」

貴重な姿にアタシは興奮した。

せっかく入れてくれた茶だが、こぼしては危ない。

やけどなんてしてほしくない。

アタシはエリオットと自分のカップをとって、平らな地面に置いた。


両手でつつむように脳内の小鳥を抱く。

エリオットの滑らかな頬が手に馴染んだ。

濃い緑の目が何度も瞬いた。

困惑と混乱が伝わってくる。


「ふるえてる、なんて愛らしいの」


言いながら、アタシは激しい獣化の衝動にかられた。

そういう時期でもないのに、狼の唸り声が漏れた。

だめだ、あんな小さな鳥、力を籠めれば潰してしまう。


そう理性は告げるが、体はとまらない。

アタシはエリオットをきつく抱きしめていた。

ああ、手加減できなかった。

一瞬絶望する。

だが、小鳥は無事だった。


アタシよりは薄いが、ちゃんと骨も肉もある、男の体だった。

腕に力をこめても、簡単に折れたりしない。

柔らかい栗色の髪が頬に当たる感触に、アタシはわざと頭を擦りつけた。

小鳥じゃない、エリオットだ。

金の小鳥であると同時に、親友で賢く優しいエリオットだ。


小さいものを傷つけずにすんで安堵する。

けれど、獣じみた衝動は消えなかった。

むしろ、本能が理性を侵食しようとしていた。

食ってしまいたいと獣が鳴く。

ちょっと齧るぐらい、いいよね?

小鳥は愛でるだけだが、エリオットとなら愛し合える。

これまで積み重ねてきた友情を否定するような囁きが聞こえた気がした。


お互い人でさえないのだ。

試してみる価値はある。

少なくとも、今まであった誰よりもエリオットは魅力的だった。

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