衝撃のこたえ
「メス……?」
「あ、ちがう?ほら、鳥の性別ってわかりにくいだろ?オスのほうが色合いが派手ってきくから、てっきりオスだとおもってたんだが」
「まて、なんの話をしてるんだ?」
ぼくはついていけなかった。
紛らわしい態度のせいで、ディーリアが恋愛感情で付き合ってくれているなら、否定しなければとおもっていた。
鳥の性別がわかりにくいって、なんなんだ。
だが、ぼくはさらなる衝撃をうけた。
「エリーの本体。金色の小さい鳥。可愛いよねえ」
「なっ」
なぜそれを?
うまく隠してきたはずだ。
「おお!びっくりして羽が膨らんでる!」
嬉しそうに断言するディーリアにぼくは自分の手を見た。
ちゃんと人の姿だ。
羽なんてない。
彼女には何がみえているのか。
ぼく恐ろしくなってきた。
すっとディーリアの手が伸び、ぼくのカップを取った。
まだ湯気のたつカップはディーリアのと一緒に、離れた地面に置かれた。
ディーリアは満面の笑みを浮かべたまま、両手でぼくの頬をはさんだ。
そのままぺたぺたと嬉しそうに触れる。
ぼくをみているようでみていない。
もう恐怖しか感じなかった。
助けを求められるものもいなかった。
アリアを起こさないよう叫ぶのを堪えるのが精いっぱいだった。
「わあ、ふるえてる、なんて愛らしいんだろう」
唸るように、いやグルグルと唸りながらディーリアがぼくを抱きしめた。
友情だとか恋愛感情だとかのあれこれは吹き飛んで、ただ怖い。
今まで友人と信じてきた相手がわけのわからない化け物にみえた。
化け物。
いや、それはぼくだ。
恐れられるならぼくのほうではないか?
「ディーリア、ぼくは人間じゃない」
「しってる。はじめてみたとき、エリーは背中に翼を生やして神の森の断崖から舞い上がってきた。神の使いのように美しかった」
みられていた?
はじめから?
「夢でもみたのかとおもったが、街へ入ろうと列に並ぶのを見つけた」
喉がからからに乾いて、唾も飲めない。
「赤ん坊だったアリアを抱いて、人にしかみえなかったけれど」
「ずっと、知ってたのか」
「ああ。人に紛れて善良に生きているエリーを尊敬していたんだよ」
「なら、このまま見逃してくれ。アリアを連れて出ていくから」
ぼくは必死に頼んだ。
「出ていく必要なんてないよ。誰にもいわない。脅かしてごめんね。アタシは、ただちょっと小鳥に触りたかっただけなんだ」
『ちょっと小鳥にさわりたかっただけなんだ』
最近の奇行の原因がさらりと告げられた。
ぼくの不用意な言動で恋愛と友情を混同していたのではなかったのだ。
そうわかっても、心は晴れなかった。
むしろ最悪な気分だ。
真剣に悩んだのがひどく虚しい。
「わるいが本当の小鳥にはなれない」
なれるだろうと思ったが、ぼくはそう言った。
その変身が最後の一回でないとは言い切れない。
軽はずみに試みて人の姿に戻れなくなっては困る。
アリアが独り立ちするまで、試すつもりはない。
「大丈夫。鏡には真実の姿が映るし、アタシはもうエリーをみても小鳥が見えるようになったの。そんな申し訳なさそうに尾羽を下げないで」
ディーリアは優しく告げた。
「……へ、へえ。すごい、ですね」
正気か?とも言えずぼくは不器用な笑みを浮かべてみせた。
ああ。
これまでぼくはディーリアのことをまったく理解していなかった。
親しくとも互いに踏み込まない付き合いの素晴らしさも。
小さな手鏡をみせて、ディーリアが積み重ねた努力とやらを力説している。
金色の小さい小鳥のいじらしさに胸を打たれたというが、どう聞いても、盗み見と妄想の自白でしかない。
逃げよう。
ここはなるべく刺激せず話を合わせて、街にもどったら隙をみて逃げよう。
もちろん、金の小鳥がフェニックスだというのは秘密だ。
そんなことを知ればますますエキサイトするに違いない。
「街にもどってから、ちゃんと話すつもりだったんだが、エリーから言い出してくれるなんておもわなかった」
はにかむ顔は相変わらず魅力的に整っているが、もうぼくの胸は高鳴りはしない。
いくら外見がよくとも、中身は小鳥マニアの、その、変態だ。
「あはは、すみません」
ぼくは決してこんな話がしたかったんじゃないのだけれど。
「今夜の見張りはアタシがするから、アリーと眠りなよ」
「ありがとう、ございます」
本来なら寝ずの番は分担すべきだが、もういろいろ限界だった。
とりあえずディーリアをみなくて済むならありがたい。
ぼくは逃げるようにテントへ這い込もうとした。
「あ、詳しい話はまた街でするとして、これだけは先に伝えておくね」
勘弁してくれ、まだなにかあるのか。
「アタシも人じゃない、人狼なんだ。だから、エリーが人間じゃなくてむしろ嬉しかった」
ぼくは無言でテントに入り、可愛いアリアを抱きしめた。
アリアは寝入ったままくふくふと笑って抱き返してくれる。
もはやアリアだけが私の救いだった。
「翼の羽毛に頭を突っ込んで眠るのとか最高」
外から大きすぎる独り言が聞こえる。
もう小鳥への偏愛を隠す気もないようだ。
せめて街まで待てばよかった。
ぼくは愚かだった。
そう噛みしめながら、ぼくは逃げるように眠りに落ちた。
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