理由を聞かせて

「この辺りには、いい獲物がいないね」

ディーリアが残念そうに肩をすくめた。

ぼくは申し訳なくなった。

アリアやぼくはハンターのように気配を消すことはできない。

それで獲物が逃げてしまったんだ。

ディーリアは肉がないと食べた気がしないらしい。

むしろ肉だけでも平気だと、笑っていたことがあったっけ。

そのときは大げさだとおもった。

けれど、まだ生焼けみたいな肉に少しの塩を振っただけでかぶりつくのを見て、事実だったとわかった。

それで腹を壊さないのはすごい。

とりあえず、アリアには真似しないように言っておいた。

そんなに肉が好きなのに、このままだと、今日の夕食は肉なしのスープと保存用のビスケットになる。

ぼくとアリアはもともとそのつもりだったが、ディーリアには物足りないだろう。


「あれは美味しいよ?」

アリアが高い枝にとまるハトを指さす。


「あれか。いや、やめておこう」

ディーリアはちらっとぼくをみて、言葉を濁した。


「私が獲ってあげる!」

アリアが意気揚々とパチンコを構えた。

だが、まだ技術の拙いアリアには無理だろう。

きっと脅かして逃がしてしまう。


「アリア、大事な食材だから、ディーリアに任せなさい」

「ええー」

不満そうなアリアの頭を撫でて、ディーリアに向き直る。

なんとなく顔を合わせづらくて、まっすぐにみるのは久しぶりだった。


「あてにしてすまないが、あのハトを獲ってもらえるか?」

「そりゃあ、獲れるが、いいのか?」


なにが?

「もちろん」

よくわからないまま、ぼくは頷いた。


あっという間にディーリアはまるまるとしたハトを二羽落とした。

羽を毟るのを手伝うといったが、頑なに断られた。

しかたなく枯れ枝、枯葉を集めて、煮炊きの準備をする。


ちらりとみると、ディーリアはひどく悲しそうに羽を毟っていた。

でも、そんなことに感傷を覚えていては、ハンターなど務まるまい。

あれも、最近の奇行の一種だろうか。


『冬支度が終わったら、一度、ちゃんと話がしたい』

ディーリアはそういったけれど。

「冬までまってなんていられないな」


今回ディーリアは食料の確保のためにしか狩りをしていない。

大きな背負い袋の中は野営の荷と採取した葉や実ばかりで、まるでぼくたちの荷物持ちのようだった。


(「はやく話をしないと、申し訳ない」)


だまして働かせているような罪悪感があった。

こんなふうに甘えて過ごしていたら、すべて勘違いだったとなったときに取り返しがつかない。



ぼくたちは、肉のたっぷり入ったスープに硬いビスケットの夕食を終えた。

美味しかった。

やはり、肉は力が出る気がする。

様子のおかしかったディーリアも、ばくばくと食べていた。


太く張り出した枝と枝に防水の布をかけて、簡易なテントを作る。

重い防水布をディーリアが持ってくれるおかげで、手足を伸ばして眠れるのだ。

今日も元気にはしゃぎまわったアリアは毛布にくるまって夢の中だ。


「もう火は消していいか?」

「たきぎがなくなるまでは、つけておこう」

ディーリアはそう言って、組んだ枝の上に器用に小鍋を乗せた。


湯を沸かすようだ。


ちょうどいい。


ぼくは持ち込んだ茶葉と、摘んだばかりのハーブを沸いた湯に入れた。

鍋を下ろして木皿を乗せて蒸らす。



「いい香りだね」


目を細めるディーリアの月の女神みたいに美しく凛々しい顔が、たき火の明かりに照らされた。

なぜか、胸が詰まった。

カップに注ぐ手が震えそうだった。

(「ぼくは恋愛的な意味できみを思っているわけじゃない。誤解させてすまない」)

言おうと決めていたセリフはどうしても言えなかった。


お茶をふうふうと冷ましながら、一口含む。

ディーリアはまだ口をつけずに、香りを楽しんでいる。


夜になると秋の森は静かだ。

虫の声も、枝の擦れる音も、静けさを際立たせる気がする。

ぼくはこの空気が大好きだ。

森の一部になったように感じられる。

前はそうではなかった。

マンデヴィルにいたときは、花瓶に生けた花を見るぐらいで十分だった。

これも、フェニックスのせいだろうか。


そうだ、私は人じゃない。

どうせ、ずっとはいられない。

アリアが独り立ちしたら、森へ帰るんだ。


「ディーリア、ききたいことがあるんだ」


カップを大事そうに大きな手で抱えて私を見る。

大きなアイスブルーの瞳はひどくまっすぐだ。。

「このごろ、やけにぼくをみているだろう?あれは、どういうつもりなんだ?」


ディーリアは、しまった、という顔をした。

自覚はあるらしい。

「距離が、その、近いし、荷物を持ってくれるし、獲物の下処理をさせない」


「それは、」


なにか言いかけたが、ぼくは構わず言い切った。

「ぼくのことを、守らねばならない貴婦人だとでも思っているのか?」


「ええっ?」

ディーリアが大声をあげた。

「エリーって、メスなのか?」

あまりに想定外に失礼な言葉に、ぼくは血の気が引くのを感じた。

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