兄の願い、私の望み (ブライアン視点)
兄と姪がいなくなり、残されたのはあまりに簡単な書き置きと、金色の羽。
兄の手掛かりになるかもしれないものを手放したくはなかったが、秘匿したことが明るみにでれば、叛逆罪にも問われかねない。
私は王宮への報告書に、二枚の羽を添えた。
金色の羽には本物の奇跡の力があった。
そのとき、妊娠中の王太子妃が病に倒れていたのだ。
母体も胎児も諦めるしかないという状況だったことは秘匿されており、とうぜん、私は知らなかった。
父と王宮へと呼ばれた私は、国王や大神殿の神官の言葉に目を見開いた。
<マンデヴィルは王家の友であり、国の吉祥である>
地味に手堅く領地を経営し、戦いに備える武門の家だ。
せっかく中央政治のあれこれとは距離をおいていたのに。
そんな恨み言が口をつきそうになるほど、周囲は騒がしくなった。
王家の覚えめでたい家を取り込もうとするもの。
フェニックスの羽を欲しがるもの。
あらを探し足をひっぱろうとするもの。
「ブライアン殿には兄がおられるのだろう」
「汚職で処刑された貴族家の生き残りの娘に手をつけたとか」
「それはずいぶんな汚点ですなあ」
「だが、家督は長子が継ぐべきでは?」
うんざりだった。
私は褒美もなにもかも辞退して領地に帰ろうとした。
帰って、兄を探したかった。
だが、私に与えられたのは<王太子妃の妹との結婚>だった。
相手は名家の姫だが、それを鼻にかけることもない穏やかな女性だった。
姉と甥の命が救われたことに感動していると言って頬を染めた。
「それに、ブライアン様のように、素敵な方と添えるなんて幸せです。フェニックスさまのお導きに感謝します」
私は申し分のない相手と幸福な結婚をした。
それはつまり、家督を兄に返すことはできなくなったということだ。
いずれ王妃となる人の妹を、一介の騎士の妻にするわけにはいかない。
仲立ちをした国王の顔に泥を塗るような行為だ。
これが兄の望みだったのか。
あの金の羽のおかげで、マンデヴィルは祝福された家として名をあげ、私は良い妻をえて、父を継いで伯爵となる。
「ひどいよ、兄上」
私は伯爵となった兄を支えて生きたかったのに。
貴方の驕ることも卑下することもなく、穏やかに全力を尽くす姿を尊敬していた。
自分のことは数にいれず、惜しみなく与えてしまう危うさを愛していた。
あの人の、エリオットの弟で、私はずっと幸福だった。
私のためだとわかっている。
それでも、あっさり身を引いていなくなるなんてあんまりだった。
「貴方の願いばかりかなったのだから、労ってほしいなあ」
壁に貼られた地図を撫でる。
あのあと、兄の消息より先に、マリアベルとその愛人連中を見つけた。
そこそこ腕が立ったがマンデヴィル兵の敵ではなかった。
おおやけにはしなかった。
それが兄の望みだとおもったからだ。
だが、あの女はそれを私の甘さだと取り違えた。
「ブライアンさま、わたくしは彼らにかどわかされたのです。夫と子どもをころされ、もう生きるかいもありません」
哀れっぽく嘆くふりは堂に入っているが、人目もはばからず愛人と乳繰り合っていたことは目撃されている。
「ああ、わたくしは、どうしたらよいのでしょう……」
ちらちらと物欲しげな視線が鬱陶しい。
兄の情けでまともな暮らしができたというのに感謝もないのか。
こんな女が一年も兄の妻だったとは、握った拳が怒りに震えた。
「愛した男のところへいくといい」
私は薄笑いを浮かべて言った。
愚かな女の目が期待に輝いたのが滑稽だった。
一緒にいた男たちはもう始末した。
矢の刺さったまま魔の森の崖に落ちた。
そう自白した連中は、切り刻んで森へ捨てさせた。
埋めてなどやらない。
獣や虫に食われて骨を晒すのがお似合いだった。
「魔の森、か」
エリオットが魔の森に落ちたのは嘘ではないのだろう。
けれど、私はその後兄にあった。
兄は生きていた。
フェニックスの羽を残して消えた。
魔の森に足を踏み入れることはできなくとも、その付近の森は地元の人間の収穫の場だった。
私は土地勘のある村人を雇って森を調べさせた。
魔の森の崖がどこまで続いているのか確かめたかった。
フェニックスを探すためと王宮に報告すると、幾ばくかの費用がついた。
金銭より、王家の後ろ盾で探索しているというお墨付きを得たのがありがたかった。
私は地図に書きこまれている線をなぞった。
それは明らかに円の一部を描いていた。
「元気でいることだけでも、確認したいんだ」
近隣の村も街も、探した。
ここまで見つからないとなれば、残るは森だ。
けれど、ずっと森にいるつもりはないはずだ。
アリアのために、人里へ出るだろう。
私は地図をみつめた。
左端は森で終わっている。
だけど、その先に人が住まないとは限らなかった。
あれから、もう5年が経っていた。
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