人間だったら、共に歩めたかもしれない

つまり、ぼくが紛らわしく大好きとか言ってしまったのが悪い。

けして、嘘をついたわけじゃない。

それでも、友人としてと付け加えるべきだった。

恋人を作るとか結婚するとか、そういう話をするのなら余計に。

人間じゃないのだから。

そう認めてしまうと、とたんに足は重くなった。


ディーリアをみないようにうつむいて歩く。

彼女のアイスブルーの瞳の熱が恐ろしかった。

それは本当は、ぼくに向けられるべきではないのだ。

ぼくが甘えて頼り切りにならなければ、彼女にふさわしい恋人だってできた。

年頃の女性にとって5年とは、あまりに貴重な時間だった。



秋の森は美しい。

木々の恵みは多いというのに、ぼくは気もそぞろだった。

キノコや落ちた実ばかりを拾っていると、アリアがくいっと手を引いた。


「パパ!黄色くなった銀梧の葉っぱがあるよ!」

そう教えてくれなければ、見落としていただろう。

採取者失格だ。



銀梧は常緑樹だが、一部分の葉は黄色く色づいて落ちる。

運よく食べられなければ、春に葉の周囲から根をだして若木になる。

種の代わりになる葉には、たくさんの養分が蓄えられていて精力剤として人気だ。

この時期にしか手に入らない薬の材料は高値がつく。


「落ちたのより枝に付いているのがいいな、おいで」


銀梧の木は背が高い。

枝は細く木登りには不適当だ。

ぼくはアリアを肩車しようとした。


「アタシがしてやるよ」

気づいたディーリアが明るく口を挟んだ。

たしかに、ぼくよりディーリアのほうが、安定している。


「じゃあ、頼むよ」

「まかせて」

ディーリアはさっと身を屈め、ひょいと担ぎ上げた。


ぼくを。


「うわっ、おろせ!重いぞ!?」

ぼくはなんとか悲鳴を飲み込んで、抗議の声をあげた。



「ぜんぜん。アリアより、エリーのほうが上の葉に届くだろ」


ディーリアはぼくの腿に頭を挟まれたまま、楽しげに答えた。


「いや、いいから!おろしてくれ!」

「軽いぜ、小鳥みたいだ」

そんな軽口をたたいて、ディーリアは軽くジャンプまでした。


上下に揺れてぼくディーリアはのプラチナブロンドの癖っ毛の頭にしがみついた。

冷たそうにみえるそれは、意外と柔らかかった。


ぼくは決して軽くない。

成人男性を肩車したまま跳びはねるなんて信じられない。

怪力にもほどがある。

ソロなのに一番の稼ぎ頭とは聞いたことがあるが、ぼくはその実力をわかっていなかったようだ。


「いいなあ、私もー!」


「あとでね。届く?エリー」


ぼくは声もなく頷いた。

きっとディーリアからは見えなかっただろう。

無視されたのを気にする様子もなく、ディーリアは黄色い葉を取りやすいところに移動してくれた。


ぼくは必死で葉をつんだ。

ぐらつくこともなく体勢は安定している。

小鳥になってから性的な衝動はなくなった。

とはいえ、美しい女性の首筋に股間を押し付けているのだ。

恥ずかしさと申し訳なさで、平静ではいられない。


「もうじゅうぶんだ」

届く範囲のを取りつくして、ぼくは再び下ろしてくれと頼んだ。


「高いところは苦手なのか?意外だな」

ディーリアが首を抜いて立ち上がりながら笑う。


ぼくはだまって頭を振った。

脚を固定するディーリアの腕や、首に跨った自分の姿勢がいたたまれなかった、なんて言えなかった。

いやらしい、と笑われたら立ち直れない。

友人士なんだから、気にしなくていい。

でも、もう、そうは思えなくなっていた。

顔が熱い。

きっと耳も頬も赤い。


「ディーリア!つぎは私!」

アリアが待ちかねたように、肩車をねだった。


「よーし、しっかりつかまってなよ」

そう言って、ディーリアはアリアを軽々と肩にのせた。



「ほら、パチンコだ。弓の練習にもなるんだぞ」

頭上のアリアに声をかけて、それを構える。

貴重な樹液でつくられるゴムの帯が引き延ばされ、ぱっと離されると同時に小石がすごい速さでとんだ。

パシっと小気味よい音がして、さっきぼく私が届かなかったところの黄色い銀梧の葉がひらりと落ちてきた。


「すごい!やりたい!」

「まずは見てて」


ディーリアはアリアを肩車したまま、つぎつぎと黄色の葉を撃ち落とした。

アリアはディーリアの頭にしがみついて大はしゃぎだ。


「よし、完了!」

「おろして!ひろってくる!」

地上におりたアリアは葉を拾いに走って行った。


ディーリアが振り向いてぼくを見る。

誉めてほしそうな顔だった。


「あんな技があるなら、肩車などしなくとも採れたんじゃないか」

ぼくはそっけなく言った。

自分でもひどい言い草だとわかっていた。

これはぼくの仕事なのだから、全部ディーリアに落としてもらうのは違う。

ディーリアは好意で手伝ってくれただけだ。

だけど。

あんな恥ずかしい思いをしたのに、他の方法があったとは。

いっそディーリアとアリアと別行動なら、ぼくだって飛んで摘むこともできた。


八つ当たりなぼくの文句にディーリアは目を丸くして、それから申し訳なさそうに眉を下げた。


「そうだね、ごめん。だけど、エリーを持ち上げてみたかったんだ」


は?


「父さん!黄色の葉っぱ、全部あつめたよ」


意味不明なディーリアの言葉に混乱していると、アリアが葉を回収して戻ってきた。

ぼくは逃げるようにアリアに向き直った。

「ありがとう、アリア。これで依頼は達成だ」

それどころか、依頼分よりずっと多く手に入った。

ディーリアのおかげだった。


「じゃあ遊んでいい? ディーリア、パチンコ使わせてよー」

「うまくあてられるようになったら、アリアにあげる」


ゴムの帯は高価だ。

子どものおもちゃにもらえるようなものじゃない。

だけどディーリアはきっと気にするなというだろう。

おもえば今までだって、友人といいながら、助けられることのほうが多かった。

もし私が普通の男性であれば、友情以外の関係を意識していたに違いない。

あるいは、そんな関係にならないよう、距離をおいただろう。

一度死んだ人間がアリアを育てられるだけで満足するべきだった。

人の感覚とずれたまま、無防備に親しくなってしまった。


後悔してるわけじゃないけれど、手放すことを思うとつらかった。


アリアとディーリアが当たった外したと騒いでいる。

ぼくより、ふたりのほうが親子らしくおもえることがある。

もし私が普通の人間だったら、共に歩む未来もあったんだろうか。


どこかで鳥が鳴いていた。

すてきな巣をつくるから、お嫁においでと鳴いていた。

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