この感情の名は (ディーリア視点)
(「ああ、なんて愛らしい!」)
アタシはエリオットとアリアに背を向け、こっそり小さな鏡を覗いていた。
鏡のなかでは、小鳥が金の翼をパタパタ動かして無い首を傾げている。
可愛い。
たべてしまいたいぐらい。
こんな気持ちは初めてだった。
「ディーリア、みて!おおきくなった!」
アリアが新しい丈の長いマントを着てくるりと回ってみせた。
新しいマントがというより、背が伸びたのが嬉しいようだ。
「よかったね」
アリアにそういいながら、エリオットを見る。
鏡に映さなければ、人にしかみえない。
だれもが好感を抱くだろう子煩悩で優しげな男だ。
「そういや、鏡はないの?」
さりげなく尋ねると、エリオットは肩をすくめた。
「必要なくてね」
「今度買ってくるよ」
小さな手鏡で盗み見るのではなく、どうせなら大きな姿見で、あの愛らしい姿を正面からみたい。
「必要ないといったろう?」
わずかに声を尖らせたエリオットに、アタシは口をつぐんだ。
残念。
エリオットに正体を明かす気がないのは明白だった。
*
「やはり、不思議だ」
アタシはエリオットの頭や肩を撫でた。
柔らかい滑らかな栗色の髪が流れる。
ふわふわと立ち上がった冠羽ではない。
肩関節の可動域は広く、手はまっすぐにあがる。
翼ならこの動きは不可能だ。
「なぜこうなる?サイズ感がおかしい」
本体はあんなに小さいのに。
幻影で誤魔化しているわけではないのは、感触でわかる。
「その、距離感がおかしいんだが?なにをしたいんだ?」
大人しく両手をもちあげられたままのエリオットが困惑していた。
「ああ!すまない」
アタシはエリオットの手をおろした。
ついいろいろ確かめたくなってしまう。
エリオットがふうっと息を吐き、手首をさすった。
「ディーリア、ぼくたちはちょっと遠くまで行くから、数日留守にするよ」
「なら、アタシも一緒にいくよ」
考えるまえに口が動いていた。
「エリーと居たいんだ。気になってしようがない。あの日、アタシは……」
まさか、エリオットの本体があんな小さな鳥だとはおもわなかったけれど、その不思議さと愛らしさに心奪われたのだ。
「いや、先にアタシのことから言わないとね。とにかく、冬支度が終わったら、一度、ちゃんと話がしたい」
お互いのひみつを打ち明け合うのに、5年は十分じゃない?
アタシは万感をこめて言った。
最初にみた背中に翼の生えた姿も神々しく美しかった。
親しくなってからの、親馬鹿、じゃない、子煩悩で、優秀な植物採取者であるエリオットも尊敬する大事な友人だった。
そう、友人。
だけど、あの小鳥は不意打ちだった。
あんな可愛いらしいのが、精一杯一人前らしく振る舞っているのかとおもうと、いまも胸が締め付けられる。
この感情につける名をアタシは知らない。
「話?」
エリオットはなんのことかわからないというように首を傾げた。
それは小鳥の仕草と重なって、さらにアタシを打ちのめした。
アリアが二階から駆け下りてくる。
「ディーリア!私の弓できた?」
「ああ、今度の採取はオレも一緒に行くから、教えてあげるよ」
「やったー!」
正直まともに狩りをするつもりはない。
幸い冬を越すのに困らない蓄えはある。
エリオット(と小鳥)はどんなふうに眠るんだろうか。
四六時中彼らと過ごすことを思うと、心は踊った。
エリオットたちに出会って、アタシは孤独ではなくなった。
そして今、アタシの世界は金色に輝いていた。
*
「ディーリア、なに見てるの?」
「小鳥の観察」
「えー、鳥いないよ?」
いる。
サイズと形が違っていても、ずっとみていれば小鳥とエリオットの動きは連動しているのがわかる。
小鳥をみればエリオットが、エリオットをみれば小鳥が、幻視できるほどにアタシは観察を続けていた。
今、エリオットは茂みにしゃがんでキノコを採っている。
膝裏にたくし込まれたマントが行儀よく尻のラインに添っている。
小鳥でいえば、長めの尾羽がぴょこんと突き出している。
(「まさに、頭隠して尻隠さず!」)
その無防備さに、アタシは思わず蹲った。
「ディーリア、大丈夫?」
「ああ、あまりに可愛らしくてちょっとね」
アリアはあたりを見回して、首を傾げた。
「なにが?」
エリオットが。
とは、まだ言えない。
「アリアが頑張って仕事をしているのが可愛いよ」
「可愛いじゃなくて、格好いいんだよ」
仲の良い父子のやりとりになごみながら、アタシはにやける顔を持て余していた。
エリオットがふとこっちをみた。
けれど、すっと目は逸らされてしまう。
え?
ちょっと浮かれてた自覚はあるが、そんなことで嫌われないよね?
男女の仲じゃなくとも、長い付き合いの親友だよね?
だが、内心の問いに答えるものはなく、エリオットはよそよそしいままだった。
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