だいたい家族みたいなもの (ディーリア視点)

そんな出会いから5年、アタシとエリオット親子はいい友達だった。

植物採集ならできるといった通りエリオットは幻といわれたようなキノコや、数年に一度しか咲かない花もどこからか手に入れてきた。

化粧品や薬の開発者や、新しい食材を求める料理人などの間で評判になるのは早かった。


「ディーリアの紹介があったからだ」

「エリーの実力だよ」

謙遜じゃなく事実だった。

アタシが口を利かなくとも、遅かれ早かれエリオットは認められていただろう。

ぶっきらぼうになった口調を気にするふうもなく、エリオットはふふと笑った。


「私もてつだったよ!」

「いつも助かってるよ、アリア」

エリオットが頭を撫でると、子どもはぴょんぴょん跳ねた。


夕時の賑わいにはまだ早く、市場の通りは空いている。

エリオットとアタシの両方と手をつなぎたがるアリアを真ん中に、三人で歩く。

こういうとき、アタシはなんだか誇らしい気持ちになる。

自分にも、守るべき家族がいるのだという気分だ。

本当の家族でないのが残念だった。



「あら!エリオット!今日ははやいのね。たまには顔をだしてよ」

出勤前の酒場の女給が目ざとく声をかけている。

「そのうちね」

エリオットが愛想よく返す。

社交辞令とわかっていても、もやもやする。


「パパ、はやくー」

アリアがつないだ手を引く。

「じゃあ、失礼しますね」

「アリアちゃん、弟か妹、あたしが産んであげようか?」

「いらなーい」

コブつきとはいえ、美形で物腰の柔らかいエリオットは人気がある。

露骨なアプローチが少ないのは、エリオットの事情、妻が男と出ていったことが知れ渡っているからだ。

困った笑みで、今はちょっと考えられないと言われてしまえば、食い下がるのは難しい。


「なに食べたい?」

アタシは話を変えた。

「とりもも!」

アリアが答える。

「じゃあ、ももと香草を焼いて、野菜スープを作ろうか。とってきた果物もあるし」

「夕食には早いし、先にカフェによらないか?」

最近流行の店で、珍しい焼き菓子を出すらしい。

「いきたい!」

菓子と聞いてアリアが声をあげた。

エリオットもこっそり目を輝かせている。

「よし、出発!」

アタシは機嫌よく声を張った。



カフェは少し待てばテーブルがあくようだった。

アリアはガラス越しに陳列された菓子を見るのに夢中だ。

「悪いけど、ぼくはやめておく。アリアと行ってくれないか?」

とつぜん、エリオットが声をひそめて言う。


「なぜ?もう席が空くのに」

「……苦手なんだ、店の雰囲気が」

アタシは真新しい建物をみた。

広い窓の目立つ明るい雰囲気だが、苦手というほどの特徴はない。


「先に買い物をしておくから。頼む」

そう言ってエリオットはそそくさと立ち去った。

アタシはぽかんとその後ろ姿を見送った。


「あれ?パパは?」

振り返ったアリアがエリオットがいないことに気づいた。

「先に買い物するって、行っちまったよ。いったいどうしたんだろうね」

ありのままを告げると、アリアはちょっと首を傾げて、ああ!と頷いた。

「なにかわかったの?」

「うん。でも、ひみつだからねー、どうしようかなー」

ものすごく言いたそうに、アリアがちらちらとアタシを見上げる。

知りたいが、聞いてもいいのだろうか。

悩んでいると、店員がテーブルが空いたと呼びに来た。


人気はさっぱりした紅茶と温かく柔らかい分厚い焼き菓子だった。

アリアはすっかり気に入っている。

「エリーに買って帰ろう」

「やった!私のもね!」

それから、アリアは真剣な顔で言葉を継いだ。

「あのさ、さっきのことだけどね、パパはガラスが嫌いなんだよ」


ガラス?

たしかにこの店はガラス張りだが、そんなことで?

怪我をしたことでもあるのか?

だがそれなら、アリアが近づくのも嫌がるだろう。

ますますわからなくなったが、アタシはアリアに頷いてみせた。

「そう。だれでも苦手なものはあるからね。アタシが聞いてよかったのかな?」

いいよ。ディーリアは、だいたい家族みたいだから」

ちょっと照れたようにアリアはいった。


嬉しくなったアタシは、持ち帰りの焼き菓子を大量に注文してしまった。


アリアと焼き菓子を買ってカフェをでると買い物を終えたエリオットが待っていた。

焼き菓子に喜ぶ姿はもういつも通りだった。

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