神の森でも不倫とかあるらしい (ディーリア視点)

その日、アタシは神の森近くへと足を延ばしていた。

祭りが近いせいで人が多い。

普段よりなんでも高く買い取られるからだ。

いつもの狩場には、下手くそな狩りをする素人がうろついていた。

一日歩き回って、ウサギの一匹でも獲れればいいのだろう。

気楽なもんだ。

大勢の人間の気配に、大物はさっさと姿を隠してしまっていた。


「はあ、しかたないけど、迷惑だねえ」

金に困っているわけじゃないが、ここまで来て手ぶらで帰るのも面白くない。

自然と、人のいない神の森のほうへ足が向いた。


人が入れば神の怒りに触れる。

街ではそう言い慣わされている森だが、アタシたちには別の言い伝えがある。

『神の森は神獣の住処』

特別な樹木が生え知恵ある生き物が住む、と。

アタシは人狼だ。

かつて、アタシたちの一族は神の森に暮らしていたという。

けれど人間の生活に触れ、馴染み、森を捨てた。

獣性の強くなる時折の満月さえ気をつければ人と変わらない姿で、身体能力は高い。

将兵として、ハンターとして名をあげるのはたやすい。

人との混血が進み個々の力は衰えたものの、有力な氏族としての地位を保っている。


けれど、アタシは孤独だった。

人とどれほど親しくなっても、正体は明かせない。

女だてらに稼ぎのいいソロハンターとして持て囃されても疎外感は消えない。

言い寄られてもその先をおもうと億劫になる。


神の森は崖の下だ。

いつも靄がかかっていて神秘的だ。

あの森での生活が続いていたら、アタシたちは狼っぽい人ではなく、人っぽい狼として生きていたんだろうか。


そんなとりとめのないことを考えていると、なにかが視界の隅で光った。

アタシは素早く木に登り、茂った枝葉に身を隠した。

気配を殺し弓をつがえる。

神の森から、なにかが現れたのだ。


「鳥?」

金の翼がみえた。

いや違う、人の体をしている。


(なんだよ、あれ)

アタシは視力もいい。

それでも自分の目を疑わずにはいられなかった。

白いシャツに黒いズボン、白い肌に栗色の髪。

それだけなら、良い家の若殿といった雰囲気だ。

しかし背中には大きな金の翼が生え、空を飛んでいる。

腕には小さな子どもがいて、はしゃいだ笑い声を立てていた。


彼らは森の上まで舞い上がったあと、見えなくなった。


アタシはずるずると木からおりた。

もう狩りどころではなかった。

あんなものがいるなんて、聞いたこともない。


彼らが、神の森の住人なのだろうか。

なぜ、森からでてきたんだろうか。

衝撃の冷めやらぬまま、気づけば街に戻っていた。


「あ」


身分証を持たないものの列に、あの栗色の髪を見つけて、アタシは再び驚愕した。



さりげなく?近づいてみるが、人間にしかみえない。

背中には翼はなく、服にも切れ目はない。

肩下までのさらりとした栗色の髪は艶やかで、常盤木の葉を思わせる瞳とよく合っている。


「パーパ、いっぱい」

「そうだな、たくさん人がいるな」

いかにも品のいい若い父親がよく似た幼子をあやす姿に、周りから好意的な視線が向けられている。

アタシも笑みを浮かべてじっと彼をみた。

ふっと目が合うが、すぐに逸らされる。

かまわずみつめていると、ふたたび視線が交わる。

彼はちょっと困ったように曖昧な会釈をした。


よし!とアタシは歩み寄り、馴れ馴れしく声をかけた。


「可愛い子だね、あんたの子かい?」


「はい」

「はーい」


「この列は身分証のないものが並ぶんだが、間違っていない?」

「遠方の出なうえ、荷も馬も失いまして。お恥ずかしい」

「そりゃあ大変だったね。無事でよかった」


あんな羽があれば、馬はいらないだろうとは言わない。

秘密があるのはお互い様だ。


「街に入るのは厳しい審査があるのですか?」

「敬語はいらないよ。アタシはディーリア。ハンターをしてる。審査は厳しくないけど、なにか手に職はある?子どもを預けるあては?」

「ぼくはエリオット。娘はアリア、預けるつもりはないんだ。森での植物採集ならできるかな」

「へえ、手持ちがあるなら買い取ってくれる店を紹介してあげるよ」

そう言うと、エリオットがぱっと顔を輝かせた。


列は知らぬ間に進んで、エリオットが呼ばれる。

「ありがとう、ディーリア。買い取りの店のこと、あとで頼んでいいかい?」

「いや、一緒に行くよ」

「え?」


さすがにエリオットが目を丸くする。

自分でもドン引きの距離の詰め方だ。

だけど仕方がないだろう?

神の森からきたんだ。

アタシはどうしようもなく胸が高鳴るのを感じていた。


「なにからなにまで、ありがとう」

審査はスムーズだった。

遠慮するのを、アタシは強引に保証人になった。

幼児連れというのが考慮され、一カ月は保護施設にいられる。

それまでに家を探さないと。


「子連れじゃ大変だね。母親はどうしたのさ?」

森に残ったのか死んだのか、それとも人間だったのか。

エリオットは困ったように微笑んだ。

「じつは、でていってしまったんだ。恋人ができて、ぼくたちは邪魔になったみたいだ」


「はあ?」

アタシは思わず声をあげた。

神の森って、そういうところなの?

もっと崇高で神聖なイメージだったのに。

不倫とか子を置いて出奔とか、わりと普通に爛れているの?


アタシの声に、エリオットは恥ずかしそうにうつむいた。


「いや、そりゃひどい。あんたはいいやつそうだし、アリアは可愛いのに」

「そういってもらえると、救われるよ。ディーリアは子ども好きなんだね」

「うん、まあね」

けっしてそんなことはないが、アタシは話をあわせて、眠るアリアを抱き取った。


果物みたいな甘い匂いがした。

服はサイズが合っていなくて、腹がみえている。

縫い目をほどいてなんとか着ている状態だ。

「泊まるところをみてから、買い物に行こう。アリアの服がいるだろ」

自分でもはしゃいでいるとわかる、弾んだ声だった。

エリオットと出会ってから、アタシの胸に巣食う孤独感は消えていた。


神の森さえ特別じゃないのだ。

人も人狼も、よくわからない翼人も、自分なりに生きていくしかない。

そうストンと腑に落ちた。


片腕にアリアを抱き、エリオットと並んで歩く。

それだけで、なんだかうきうきとして、いいことがありそうな予感がした。

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