森を突っ切って移住先をみつけた
あんなふうに出てきて、ブライアンを傷つけてしまっただろう。
けれど、ぼくが戻ればまたブライアンの立場は不透明になる。
跡継ぎかどうかはっきりしなければ、結婚相手も決められない。
それに、伯爵家にはガラスも鏡もたくさんある。
ぼくの正体がフェニックスかもしれない小鳥だなどと知られて大騒ぎになる。
教会に引き取られたり、王家に囲われたりするのはごめんだ。
ぼくもアリアも危ないところで助かった命なのだ。
平和に静かに生きていきたい。
ぼくはアリアを連れて魔の森へ向かった。
あれほど恐ろしい場所だといわれていたけれど、躊躇いはなかった。
あそこは安全だと、なんとなく確信していた。
エリオットではなく、フェニックスの本能なのかもしれない。
街道から十分に離れるまで、ぼくは疲れを知らず昼夜走った。
森に入ってからは、アリアを抱いたまま人の姿で背中に翼を生やして飛んだ。
なぜか、そういうことがいろいろとできるようになっていた。
誰にも見せられないな。
人にみられれば、異端として火刑になるか、御使いとして祀られるか、どちらにしてもアリアとはいられなくなってしまう。
さいわい、アリアは森を怖がる様子はなかった。
人目を気にせず、私たちは夕焼けに向かって進んだ。
ものすごく美味な果実をはじめ、食料も豊富だった。
アリアに教育が必要になるまでは、このまま森で隠れ住むのもいい。
ぼくの羽は病気も怪我も治せるし、この森にぼくに敵対しようというものはいないようだ。
「フェニックスって怖がられているのかな」
攻撃能力が備わっているとはおもえないのだが。
「ぱぱー、はっぱ、きれー」
よちよちと歩けるようになったアリアが、落ち葉を拾っている。
小さく丸まった背中が愛らしい。
「ああ、きれいな葉っぱだね」
とくに急がずただ西へ西へ。
どうやら魔の森には季節はないようだ。
日にちを数えていないけど、半年以上は経ったのだとおもう。
この焦りのなさは、やはりぼくが人間じゃないからだ。
アリアの存在がかろうじて人の社会につなぎとめている。
のんびりと移動していったある日、とうとう切り立った崖に突き当たった。
ここが魔の森の端なのか?
「アリア、おいで」
「ぱぱ、とぶ?」
「ああ」
ぼくは背中に翼を伸ばし、アリアを抱いて羽ばたいた。
アリアがきゃあきゃあと喜んだ。
舞降りた先も森だった。
だが、そこはもう普通の森だ。
小鳥になって空から見渡せば、立派な街がみえる。
「魔の森の反対側に国があるなんて」
ぼくはつぶやいた。
我々の地図の端は魔の森で終わっている。
その向こうのことなど、考えたこともなかった。
***
「パパ、あの花じゃない?」
「本当だ、アリアは目がいいなあ」
マンデヴィル伯爵領をでて、もう5年が経っていた。
ぼくとアリアは森の植物を採取して暮らしている。
このテポラの街は都市国家のなかでも治安がいいらしい。
それを当てにして、よそから移住してくるものも多い。
傭兵なんかは、登録と宿泊場所も厳しく決まっているらしい。
だけど、ぼくのように小さな子連れで喧嘩もできそうにないものは、とくに調べられることもなく家族用の仮住まいを与えられた。
いい街に辿り着いたものだった。
ぼくは幸運に感謝した。
「ねえ、パパなら上のほうのも採れるよね」
「むりだよ、あんなところまで登れない」
「前みたいに背中から羽を出して飛んじゃえばいいのに」
「そんなことできる人間はいないよ。夢でもみたんじゃないか?」
アリアにじっとみつめられて冷や汗が流れる。
子どもというのは1歳ごろの記憶が残るものなのか?
「さあ、もう十分だ。花を残しておかないと、実がとれないぞ」
ぼくは元気に話を変えて、アリアの手を引いて歩きだした。
*
「こんにちは、買い取りお願いします」
「お願いしまーす」
「はいはい、いつもありがとうね」
香りの強い魔の森の花は香水として人気が高い。
加工できるので、たくさん持ち込んでも買い取ってもらえる。
父子のささやかな生活を支えてくれる、ありがたい商品だった。
「エリー、アリー、もう帰るのか?」
「こんにちは、ディーリア。食料を買って帰るところだよ」
店の外で待っていたのはディーリア。
ハンターだ。
むき出しの二の腕はしっかり筋肉質で、ぼくじゃあ腕相撲をしてもすぐに負ける。
弓矢も得意で、依頼を受けて害獣を狩ったり、猟をしたりしている。
対人の剣の腕もたち、街の自警団でもリーダー的存在だ。
短いが、伸ばせば貴婦人がうらやむだろうプラチナブロンドの髪。
冷たそうなアイスブルーの瞳も、アリアを見る眼差しは温かい。
面倒見のよい彼女とは、ここに来てすぐに知り合った。
以来、頼りないぼくたちをなにかと気にかけてくれる。
「アリーじゃない。アリアだよ」
アリアが口を尖らせる。
はじめはぼくとお揃いの愛称に喜んでいたのに、最近すっかり女の子らしくなった。
「じゃあアリアとディーリアでお揃いだな」
「ええー、ディーリアとー」
ディーリアの軽口にイヤそうに返事をしながら、目は輝いている。
アリアは性格的にはぼくよりブライアンに似て、勇敢だ。
美しい女性であり、剣も弓も使えるディーリアに憧れるところもあるんだろう。
ぼくはちょっと寂しくなりながらもふたりがじゃれあうのをみていた。
「なあエリー、食費払うし荷物も持つから、アタシにも食べさせてくれないかい?」
「もちろんいいよ」
ぼくたちは三人で市場へと向かった。
夕食には早いから、軽食も買ってかえろう。
父子家庭と美人の取り合わせに、色めいた冷やかしをされることもある。
だけどディーリアは平然としていて動じない。
だから、ぼくも人目を気にして大事な友人を遠ざけたりはない。
本当にそんな関係じゃないのだ。
ディーリアに恋人ができれば、噂もおさまるだろう。
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