優しすぎる兄を迎えにきた (ブライアン視点)

「兄上、帰りますよ」

「ええっ?ブライアン?どうしてここに?」

半年ぶりにみる兄は相変わらずおっとりとした雰囲気を纏っている。

そんなだからろくでもない女につけこまれるのだ。


「こんなところに置いておけませんから」

私は冷ややかに部屋を見回した。

部屋の隅には汚れものが固めておかれ、瀟洒なローテーブルの上には出来合いの食べ物が出しっぱなしだ。

ソファに丸まっているのはベッドから剥がしてきた毛布だろうか。

あのソファで赤子と眠ったのか。

平民には一間きりの家で家族で暮らすものもいるというが、それでももう少し片付いているはずだ。

書類仕事ではきっちりしているが、生活能力は低い。

野営訓練などで最低限の料理とと整理整頓が身についている分、兵士のほうがマシだろう。


「いやその、これは、もうすぐ使用人がくるはずだから」

誉められた生活でないことは自覚していたようで、兄はあわてて言い訳を始めた。


「使用人の件は断っておきました。実家に帰ると伝えたので、領民も安心したようです」

「そんな!だめだ!ぼくはもう平民で、マンデヴィルの人間じゃない」

「そんなこと、兄上しか思っていません」


伯爵領の片隅の魔の森に近い村。

数百年ぶりにフェニックスが目撃され、村民の病が治癒する奇跡がおきた。

村の神殿からの報告があって、私はすぐに村へ向かった。

眉唾な奇跡のためじゃない。

兄の暮らす村だったからだ。

柔らかい物腰なのに頑固な兄と、口下手な私は気まずい別れ方をしていた。

兄の結婚に最後まで反対して、式にも出なかった。

どんなに気に入らない相手であったとしても、弟らしい言葉ぐらいかけるべきだった。

姪が生まれたと聞いて、本当は会いに行きたかったのだ。


だから、今回の件は好都合だった。


しかし奇跡の確認のためにやってきた私がまっさきに聞かされたのは、兄の妻マリアンナの出奔だった。

十数人の私兵を連れた男と白昼堂々金目の物を漁って出ていったと。

とんでもない醜聞だった。

しかも同じころに兄の馬が街道で死んでいるのがみつかり、もしかして兄も殺されたのではないかとおもわれた。

その時の私の恐怖と悔いの深さは誰にもわかるまい。


すでにアリアと兄の無事は確認された。

だが、私の怒りは収まらなかった。

あの女への憎しみだけではない。

知らない間にそんな目に合わせてしまった自分自身への怒りだった。

兄があの女と結婚して、平民になると決めたのは私に家督を譲るためだった。

今も、帰るのを拒むのは、私の立場を悪くしないためだろう。


気にしなくていいのに。

私は伯爵になどならなくていい。

兄が荒事が苦手なのは理解している。

戦いなら、私に命じてくれればいいのだ。

兄のために戦うことは伯爵になるより本望のように感じられた。


「兄上も、それにアリアだって、ちゃんとした暮らしをしなければ」


兄の腕に抱かれ、アリアは物珍しそうに私をみている。

可愛らしい。

栗色の髪と緑の瞳は兄と同じだ。

ああ、あの女に似なくて本当によかった。


「あの女のことは許せませんが、子どもに罪はない。アリアは伯爵の孫ですよ」

「ブライアン、ありがとう」

兄はとげとげしい私の言葉に、優しい笑みでこたえた。


私はほっと安堵した。

また家族で暮らせる。

兄とアリアが戻れば父もどれほど喜ぶか。

いっそ爵位目当ての縁談など断って、アリアの婿を跡継ぎにすればいい。


「奇跡の検証はできたのかい?」

「いえ、まだです。羽の力は消えていますが、村人の証言が一致しています。王宮へ報告することになるでしょう」

「おつかれさま」

「夕刻には一緒に帰りましょう。あとで迎えに寄ります」

このとき、私は気づかなかった。

兄は感謝は口にしたが、けっして同意の言葉は言わなかったことに。


フェニックスを見たという羊飼いの少年の話を聞く。

魔の森のほうから、村へ向かって飛んでいたという。

祖父は腰痛が悪化して寝たきりに近い生活を送っていたが、羽に触ったとたんに嘘のように痛みが消えたらしい。

神殿が預かっていた羽を手に取る。

ふつうの白い羽だ。

私はそれを布に包んでしまった。

報告書に添えて送ることになるだろう。


型どおりの検証を終え、馬車を兄の屋敷に回す。

しかし人の気配がない。

出ていったのか?

馬もないのに?


<勝手をしてすまない。父と家をたのむ。愛している。>


急いで書いたのだろう、少し乱れた字だが兄の筆跡だった。


「これは……」


手紙のうえには羽が一枚落ちていた。

まるで飛び立つ際に落としていったというみたいに。

さっき見た白い羽とそっくりで、金色に光っている。


「フェニックス?」


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