龍の都

 昔、龍が来た。隣り合った世界から、龍が来た。世界の壁を切り裂いて。うつくしい龍が姿を現す。龍は、自分の創った世界を、喰い尽くしたのだ。

 真珠や翡翠の鱗には、うつくしい都が映っていた。手にも触れず、耳にも鼻にも触れるものなく、目に見えるだけの蜃気楼の都。形を持たない都。手にも目にも触れぬ、耳に聞こえるだけの都。立体が平面に描かれるように、音や匂いまで、鱗には映っている。それが喰われた都である。

 自分の世界くにを食い尽くして、龍は、この世界へやって来たのだ。そうして、この世界まで喰らうつもりか。小さな、小さなこの世界まで。

「龍はうつくしいと思っていたのに。」

「あぁ、龍はうつくしいよ。うつくしいということは、正しいということではないけれど。」

「それでは龍は間違っているの?」

「いいや、龍は正しいのだよ。なにしろ龍は神だから。違う世界のものだから。あの世界のものとして、龍は正しいのだよ。」

「あんなことが、正しいの?」

「龍は神だから。神のすることが、その世界の善の基準だから。」

 龍は雲の上に住まった。この世界の神は土の下に住まっていた。神は龍を殺さなかった、龍はうつくしかったから。それは正しいことである。この世界において。

 違う世界から来た龍は、向こうの都を食べるように、ここの心を食べ始めた。

 龍がまず食べたのは、手近にいた獣の心。羽を持たない二本足の獣、名は人間と呼ばれる。

 心を亡くしたその獣は、龍を殺そうと思った、神に逆らって、うつくしい龍を殺そうと思った。そうして神は人間を見捨て、人間は神を離れた。

 地から、天へ、獣は歩いて行く。土から、雲へと。龍は死んだ、結局慣れない世界だったから。

 雲から落ちてゆく龍の翼は、世界の壁を深く切り裂き、その裂け目を繕いもする龍の異は、それで力を失った。

 うつくしいむくろを、神は静かに弔った。

 壁の向こうにあったのは、虚集。大きくうつくしい世界が喰われたあとの、果てしなく暗く、明るい虚無。裂け目から虚無が流れ込む。地と天のあいだは無に満たされ、地と天のあいだは閉ざされた。壁は壊れ、二つの世界は重なりあって一つとなった。

 人間は龍になったと言われる。しかし、それは誤りだ。人間は美しくなく、そして正しくなかった。人間はこの世界のものだから。ただ、人間は、世界を喰らい続けている。

 いつか、神も死んだと言う。それは本当だろうか。

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