サイコとバニー

惟風

サイコとバニー

 違う違う違う、こういうのじゃないんだってアタシが望んでたっていうか、想定してたことは。

 全力で身体をよじってもてんでビクともしない、これすごい頑丈だね?


「お待たせー遅くなってゴメンね、準備できたよー」


 真っ暗な空間が四角く切り取られて、私はそこが扉なんだとやっと知った。

 逆光でシルエットになってるけど、馴染み深い声がその人影が親友のだということを気付かせてくれる。

 私は、暗い部屋の堅い椅子に全身を拘束されていた。


 いつからこの格好なのかわかんない、気がついたら座らされてた。

 最後にはっきりしている記憶はいっちゃんの部屋でコーヒーを飲んでた時だから、たぶんアレが怪しい。ていうか今目の前にいっちゃんいるし絶対それ。有罪。ギルティ。

「ちょっといっちゃん、これ解いてよ冗談でも笑えないってば」

 足をバタつかせることもできない。

「え、だって束縛されるの興味あるって言ってたから、喜んでくれるかなって」

 いっちゃんは心底不思議そうに小首を傾げる。

「確かにちょっと縛られることに好奇心持ったのは事実だけど、だからって『時計じかけのオレンジ』と同じ拘束の仕方することないじゃん!!!」


 いっちゃんは私と同じ高校に通う同級生、クラスメイト、親友。

 お互い新旧問わずの映画好きで、入学式から「姫乃ちゃんって言うんだ、じゃあ“お姫”って呼んでいい?」「良いよ、じゃあ私も“いっちゃん”って呼ぶね」なんて意気投合して、それからは週末にお小遣いの範囲で映画館ハシゴして、後は配信サービスの作品をお互いの家で一緒に観るのが定番の過ごし方になってた。

 映画好きって言っても全く同じジャンルが好きってワケじゃなくて、お互い知らなかったり趣味じゃない作品を紹介しあって趣味を広げていくのが楽しかった。


 それが。


 ある日を境に、いっちゃんは変わってしまった。

 学校で会った時は普通なのに、休日に誘っても断られるし、メッセージの返信も通話に応じてくれることも無くなってしまった。

 だから、私は心配でいっちゃんの家にアポ無しで突撃したんだ。

 インターホン押してドキドキしながら待ってたら、意外にも歓迎して部屋まで上げてくれた。


「ちょうどね、そろそろ呼びに行こうと思ってたの」

「え、そうなの……?」

 何だ、嫌われちゃったかなって心配しちゃった。気づかないうちにいっちゃんの地雷踏んじゃって親友から知り合いに格下げされちゃったのかな、って内心ハラハラしてた。

 もしかしたら、私を喜ばせるためのサプライズを企画してくれてたのかも?

 そう考えると嬉しくて、いつもは飲まないコーヒーを勧められても何も考えずに飲んじゃった。

 それで今に至る。


「ねえ、何かいっちゃんの気に障ることしたなら謝るからこれ解いてよ、何でこんなことするの」

「お姫のことが好きだからだよ」


 いっちゃんは手にヘルメットみたいな機械を持ってる。私にはそれが何だかわかる。時計じかけのオレンジ、こないだ観たもん。いっちゃんと一緒に。

 そういえば、いっちゃんの様子がおかしくなったのってあの映画観た直後だった気がする。


「答えになってないよ、好きなら私の嫌がることしないで!」

 叫びすぎて声が枯れてきた。

「違うの、私はただお姫に私の好きなものを最高の環境で共有したいなって思って……」


 言いながら、いっちゃんは私のうさ耳カチューシャを外した。いっちゃんが似合うって言ってくれたから、いっちゃんに会う時はずっと着けてたのに。ひどい。そしてヘルメットを装着された。

 これから自分が何をされるのか、時計じかけのオレンジを観た私はちょっとだけわかる。何かを強制的に視聴させられるんだ。

 目の前の暗闇に、白いスクリーンが映し出された。

 ホームシアターみたいだな、私の部屋にも欲しいななんて一瞬思っちゃった。現実逃避だ。

 いっちゃんが私の隣に座った。

 ヘルメットに装備された小さなアームで、私の目は強制的に開かれて固定された。私の目元にあしらったハートマークのメイクに、いっちゃんはそっと指を這わせた。私の目に目薬を点しながら、いっちゃんが耳元で囁く。


「最後まで一緒に観よ、『デストイレ』シリーズ」



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サイコとバニー 惟風 @ifuw

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