第30話

 まさに戦争となっていた。

 ドラランドとカリファの軍勢が血みどろの攻防を繰り広げている。

 乱戦になっているため、もはや大砲は撃てず、流れ弾で死ぬ心配はなさそうだ。

 あとは両軍に挟まれないようにひっそり進んで、カリファへ向かうだけなのだが……。


「おいおい、これはヤバイな……。ただでさえ開けた地なのに、広範囲で戦いになっちまってる。こっそり抜けるのは無理か」


 トカロンが言う。


「そうだな。……強行突破といこう。トカロン、ニノンを頼むぞ」

「ああ、任せてとけ。そっちも花嫁を守ってやれよ」

「言われずとも」


 トカロンが達者なのは口だけではない。かなり腕も立つので信頼できる。

 作戦は至極簡単。

 戦闘中の両軍の間を横断して、カリファに入る。


「マリウス、私のことは構わないで全力でいって」

「ああ、全力でしがみついてくれ」


 メラニーは馬の前に乗り、第三の目となって俺を助けてくれるはず。こんなに頼もしいことはない。


「いくぞ!!」

「おう!!」


 馬の速度を上げて戦場になだれ込む。

 両軍が戦っている中をただまっすぐに駆け抜けていく。

 ドラランド側から走っているので、自分たちの行動に反応するカリファ側だ。ドラランド軍からすれば後方から駆けてくるのは味方だと認識するが、カリファ軍からは自分たちにまっすぐ突っ込んで来る敵だ。

 カリファの歩兵が進路を妨害せんと、槍を向けてくる。

 一人二人がそんなことしてきたところで、我らの道を塞ぐことはできない。馬をさらに加速させ、一気に飛び越える。

 天津風はいい馬だ。松風のように勇気があり、ためらうことなくまっすぐ進んでいく。


「死にたくなくば道を開けよ!!」


 俺が先行して道を開き、トカロンも問題なくついてくる。

 天津風との相性も抜群だ。俺の動きに合わせて走ってくれ、剣を振るって敵を蹴散らすときもしっかりバランスを保ってくれる。


「マリウス、弓が!」

「大丈夫だ!」


 弓隊が左翼に確認できた。

 すでに矢を放ち、矢の雨が降り注ぐ。

 しかし恐れることはない。天津風は戦場に吹く風となって、雨の間を駆け抜けていく。


「でやあっ!」


 矢をすべて回避して弓隊に切り込み、蹴散らしてやった。

 トカロンは後ろをぴったりついてきた。ケガはしてないようだ。


「我はカリファ軍、第三騎士団団長レイナルド! 何を企んでいるのか知らんが、戦場を汚す行為はそこまでよ!」


 今度は正面に豪勢な鎧を着た騎士。

 トカロンに外套を借りて羽織っているが、鎧を着ていない軽装の二騎を不審に思い、停止させようというのだ。


「マリウス!」

「任せておけ!」


 左手で手綱を掴み、メラニーを腕で抱えながら、渾身の力で剣を真横に薙ぐ。

 騎士の腹に命中した。

 天津風の突進と相まって、騎士は人形のように吹っ飛んでていった。


「やったー!!」


 敵将撃破。

 メラニーは勝利に喜んだ。





 その後、女性連れの二騎で戦場を突っ切る無謀さに、恐怖や疑心などいろいろ感じたのだろう。カリファ軍は思ったよりすんなり通してくれた。

 そうして、両軍の交戦地帯を抜けることに成功する。

 だが問題はここからだ。

 遥か前方は横一列にカリファの大軍が控えているのが見える。

 向こうにもこちらの様子が見えているはずだ。

 正体不明の二騎が一直線に突っ込んで来る。

 数は想像もできない。千かもしれないし、一団を越えた先に、万がいるかもしれない。

 普通ならば敵と見なし、弓の一斉射撃で射ち殺すはずだ。相手が殺しに来たら確実に死ぬだろう。

 それは覚悟の上。敵国に逃げるというのはそういうことだ。


「メラニー、怖ければ目をつぶっていろ」

「ちゃんと見てる。何が起きるのかマリウスと一緒に全部見届ける!」

「そうか」


 メラニーは豪胆だ。この旅の中でさらに強くなった。

 ただ守られる存在ではない。命を共にすることがこんなに頼もしいとは。


「それでこそ我が妻よ!!」

「え?」


 腹を蹴り、天津風はさらに速度を上げた。


「天へと駆けてみせろ、天津風!!」

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