第28話

 コーエンは戦闘の前に、手慣らしに軽々と大槍を振り回してみせる。

 どうやったらあんな装備で、曲芸のようなことができるのかといつも驚かされる。

 相手が長物を持っている以上、こちらも同じ条件で戦いたい。

 俺は落ちていた木切れを踏みつけ、宙に浮かせてキャッチする。

 1メートルほどのただの棒だが、ないよりかマシだ。


「我が名はマリウス・デシャン……いや、ただのマリウスだ! 一騎討ちを申し込む!」

「よかろう、ただのマリウスとやら。青い野牛コーエン……参る!」


 こちらのアドバンテージは軽装で素早く動けることだけ。


「てやあっ!」


 一気に間合いを詰めて、棒を叩き込む。

 頭部の渾身の一撃を入れるが、コーエンは微動だにしない。

 どうやらわざとよけずに、一撃を甘んじて受けたようだった。

 兜越しとはいえ、衝撃は伝わっているはずだが、コーエンはそれを耐える。

 今度はコーエンの攻撃。

 大きく横薙ぎ。

 俺は一歩後ろに飛んでかわす。

 剣を鞘から引き抜いて右に持ち、左手で再び頭めがけて棒を打つ。

 兜の目元が空いた部分を狙ったつもりだったが、コーエンが頭を下げたせいで弾かれてしまう。

 これぐらいの反応は承知の上、続けて最速で下から剣を切り上げた。


「はあっ!」


 脇の甲冑のつなぎ目を狙った。

 だが、コーエンは大槍を振り回して剣を防いだ。


「速い!?」


 あの重装備でこちらの動きについてくるとは思わなかった。

 これは作戦を切り替えないといけない。俺は一気に後ろに下がって、間合いを確保する。

 重装備の戦士を倒すには、打撃を与えて気絶させるか、守りの薄い部分を狙うしかないが、そう簡単に一撃を入れさせてくれそうになかった。


「なにっ!?」


 突然、槍が迫ってきた。

 持っていた棒きれが粉々に砕け散る。

 すんでのところで回避したが、もう少し反応が遅れていたら、突き刺さっていたろう。

 十分な距離を取ったつもりが、まだコーエンの間合いだった。一歩の踏み込みがあまりにも速く、長いのだ。

 さらに追撃が来たので、大きくかわして、再び距離を取った。


「はぁはぁはぁ……」


 いきなりペースを乱されてしまった。

 さすがは父ロベールの腹心にして、常に前線を張る将軍だ。


「クハハ! どうしたどうした? 自慢の槍がなければ手も足も出ないか?」


 コーエンの言う通り、俺が得意とするのは馬上で槍技だ。

 けれど、今はどちらもなく、頼れるのは長剣のみ。

 こうなれば槍の使えない懐に入るしかない。

 それが槍の弱点だということはコーエンも重々承知。飛び込もうとした瞬間に、槍が突き出される。

 回避してそのまま間合いを詰めようとするが、連続で突きが繰り出され、俺はよけることしかできない。

 それにしてもなんて素早い突きだ。

 いつものように甲冑で身を固めていたら、回避できなかったかもしれない。

 さすがは青の野牛。これまで敵でなくてよかった。


「おいおい、失望させるなよ! 逃げていては勝てんぞ!」


 反撃に出たいが、コーエンはまったく隙を見せない。

 距離を詰められないまま、防戦一方になってしまう。

 一発くれてやりたいが、今はどうしようもなかった。


(焦るな! 機会を待て!)


 自分に言い聞かせる。

 実力が拮抗する相手と戦うときは決して焦ってはいけない。集中力を切らしたときに追い詰められ、一瞬にして負けてしまうものだ。


「うっ!?」


 そうしているうちに、槍で服を引き裂かれてしまう。

 完全に回避して当たるはずではなかったのだが、キモノが着崩れていたせいで、槍が袖に触れてしまったのだ。

 キモノはビリビリになり、もはや服の機能を果たしていなかった。

 このままでは動きにくいので、強引に引き裂いて上半身裸になる。

 もともと白兵戦においてまったく意味のない装備だ。別にこれで不利になったわけではない。

 コーエンがその戦いに関係のない動きを見逃さず、一気に間合いを詰めてきた。

 敵にしてみれば戦況が動くだけの隙を見つけたわけだ。

 だがその変化は俺にとっても仕掛ける好機。

 コーエンの槍をかわして、これまで服だった布をそれに巻き付ける。


「なんとっ!?」


 槍と俺の腕を強制的に固定する。

 これで槍に突かれる心配はなくなり、コーエンも自由に振り回せなくなる。

 最速の一手で、剣のガード部分をコーエンの目元に叩きつけた。

 ガン! と兜にヒットして金属音が鳴る。

 目に突き入れることはできなかったが、衝撃は伝わっているはずだ。

 コーエンが初めてよろける。

 続けて柄で頭部を打ち、再び小気味いい金属音が鳴った。

 今なら一撃を入れられるはずだ。


「てやあっ!!」


 振りかぶって、渾身の回し蹴りを頭に叩き込んだ。

 さすがにこれにはたまらず、コーエンは槍を放して地面に倒れ込んだ。

 巻き付いた布を外してコーエンの槍を手に持つが、すでにコーエンは立ち上がり、腰に下げていた剣を抜く。


「そうこなくてはな!」


 コーエンは不敵に笑う。

 こちらは剣と槍。コーエンは剣一本。形勢逆転と言えるだろう。

 俺は自身の剣をしまい、コーエンの大槍を両手で持つ。

 片手で振るうには重すぎるのだ。

 けれど両手で持ってもかなり重かった。これを軽々と操るコーエンはやはりただ者ではない。


「はあっ!!」


 軽く槍を横薙ぎにしただけだったが、あまりの重さに振り回されてしまう。

 体がコーエンのほうに投げされて、コーエンがフハハと笑って斬りかかってくる。

 体をなんとか翻して、突っ込んできたコーエンに蹴りを入れる。


「うぐおっ!?」


 ミスが不意打ちになり、コーエンの腹を思いっきり蹴り飛ばす形になった。

 今度は槍を突いて追撃をかける。

 穂先は胴体を捉えるが、重装甲に弾かれてしまった。


「なんて鎧だ……」


 堅すぎて、うまく力を乗せた攻撃でなければ、有効打を与えられそうにない。


「全然槍使いがなっておらんな!」


 そう言って馬鹿正直に正面から斬り込んできた。

 槍を横にして剣を受けるが、すさまじい力に押し飛ばされそうになる。


「うぐぐぐ……」

「どうした! そんなんじゃ花嫁を守れんぞ!」


 つばぜり合いの状態になり、単純な力勝負になる。

 だが力は向こうのほうが上のようだ。

 どんどん押されていき、ついに膝をついてしまう。


「ここで果てるか! 神槍のマリウス!」

「くっ……」


 組み伏せられ、首を落とされる。

 そう思ったとき、遠くで凄まじい爆発音が聞こえた。


「大砲だと!?」


 コーエンは俺を突き飛ばして、爆発音がしたほうを振り返る。

 俺は無様に背から地面に倒れた。


「カリファの奴ら……! こんな時に攻めてこようとは!!」


 コーエンが叫ぶ。


「マリウス、勝負はお預けだ! いずれ再戦しよう!」


 そう言うと槍を奪い取って、馬に飛び乗り駆けていってしまう。


「カリファのおかげで助かったというのか……」


 ここはヘテロー城近くの最前線。

 敵国カリファがこの騒動を聞きつけて、攻撃を仕掛けてきたようだった。

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