第27話

「マリウス、どこに行くの?」


 天津風を走らせているとメラニーが言う。


「カリファに行こうと思う」

「敵国じゃない!?」


 カリファはドラランドが長年争っている敵国だ。

 俺自身も、何度も戦争で戦い、カリファ領にも攻め入ったことがある。


「ドラランドのどこに行ってもお尋ね者だ。ならばカリファのほうが隙があると思う」

「敵国か……。こちらの事情を知らないから追われることはないけど、敵だとバレたら殺される……」

「リスクはあるが、ドラランドに信用できる者がいない以上、他に選択肢はない。……一応、俺も名の知られた将だ。いざとなれば交渉の材料にもなる。……まあ、憎しみがつのり過ぎて、一刀で切り伏せられるかもしれないがな」

「敵の敵は味方ってことね」


 これまでに何度もカリファの将兵を斬ってきた。それは恨まれることだろうが、味方にできれば、ドラランドに損失を与え、カリファの戦力増強につながる。

 俺がカリファ領にいることは決して、カリファにとって悪いことではないはずだ。

 もちろん問題はある。


「……でも、ドラランドの敵になっちゃうか」

「そういうことだ……」


 家族や仲間に仇なす存在になってしまうかもしれない。


「だが、行ってみないことにはわからん。運が良ければ難民として隠れられるかもしれん」

「そうね。悪いことばかり考えちゃいけない」


 今は自分たちが生きることだけを考えるべきだ。他のことを気にする余裕なんてない。





 しかし、困難はすぐに訪れる。

 現在の国境であり前線のあるヘテローに近づいたとき、向こうの丘に大勢の人影が見えた。

 皆、完全武装している。


「敵……?」

「敵、か……。おそらくコーエンだ」


 我がデシャン家の旗が立っている。父が自分たちより先にいるとは思えないので、他の部隊のはずだ。

 コーエンは父ローベルの腹心。ヘテロー城の城代を務めている。

 きっと父の命で先回して待ち伏せをしていたのだろう。

 本当ならば頼もしい味方であるはずだが、この状況では間違いなく「敵」であろう。


「奴はずっと前線に張っている根っからの武将。きっとこれまでのようにはいかない」

「積極的に殺しに来るってこと?」

「ああ」


 ロベールは手心を見せてくれたが、コーエンが気を遣う理由がない。

 父としても、もはや身内の恥は殺してしまいたいだろうし、花嫁を逃亡させた失態も隠したいはずだ。


「おーおー! 本当に裏切ったとは! 閣下の実子が大罪人とはなんと嘆かわしい!!」


 姿は見えないのに大声だけが響き渡る。

 コーエンの声だ。

 すでに正体はバレてしまっているようだ。念のためと思い仮面をつけようとするが、どこかで落としてしまったようで見つからなかった。


「しかし! まさか神槍のマリウスと競えるとは僥倖と言えようか! 味方を殺すわけにはいかぬからな!! はっはー!!」


 重装備の騎馬が少数の配下を引き連れ、前に出てくる。 

 あの青い甲冑を着た大男、「青の野牛」と呼ばれた猛将コーエンで間違いない。


「これは野牛殿、お出迎えとは痛み入る」


 これまでの合戦で戦果を競い合った仲だ。相手は将軍で、こちらはただの部隊長に過ぎないが、馬上で頭を下げて応える。

 本来ならば下馬しなければならないが、もはや礼など無用だろう。


「我々の要求はただ一つ。そこを通していただきたい」

「断る!!」


 コーエンはただ一言で返した。


「しからば力尽くで通させてもらう」

「来い、マリウス! 通れるものなら通ってみせろ!」


 コーエンは部下に待機命令を出し、一人で前に出る。

 俺を捕らえるなど容易いと見て、わざわざ一騎討ちに応じてくれるらしい。

 大部隊の相手をするよりかはマシだが、有利というわけではない。

 向こうは、ただでさえ怪力で知られる猛将だ。それに全身に堅い装甲をまとい、兜も顔をすっぽりと覆っている。

 対してこっちはキモノ。

 まともに打ち合っては勝負にならない。

 それに、こちらにはメラニーがいる。メラニーをかばったまま戦える相手ではない。

 俺は賭けに出る。


「え?」


 俺が一人、天津風を降りたので、メラニーはびっくりする。

 すると、コーエンも馬を下りた。

 やはり根っからの武人。同じ条件で戦ってくれるようだった。

 コーエンは重武装だから動きが遅い。それをカバーするため騎乗しているわけだが、そのアドバンテージをわざわざ捨ててくれた。


「コーエンなりの騎士道といったところか」


 こちらも天津風という最大のアドバンテージを失うが、それはメラニーに持っていてもらったほうがいい。俺が負けたときは一人でも逃げてもらう。

 いや、そんな考えをしていたらメラニーに怒られるな。


「メラニー、待っていてくれ。奴を倒してくる」

「うん、待ってる!」


 騎士道において、戦勝後に待っていてくれる女性の存在は大きいと言われているが、その意味がようやくわかった気がする。

 必ず生きて帰る、という気持ちが自然と湧いてくる。

 俺はコーエンを倒す。そして二人で逃げるのだ。 

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