マリウスパート

第26話

「マリウス! マリウス!」


 誰かが俺の名を呼んでいた。


(俺は……生きていたのか……)


 暗黒に包まれた死の淵で呼びかける声は、まるで女神のようだった。

 それは必死で悲痛な呼びかけであり訴えであったが、不思議と不快な感じはせず、むしろ安心感があり、心地よくも感じていた。

 このまま女神に求められるのも悪くはないが、俺はそれに応えないといけない。


「メラニー……」


 かすれた声が出た。

 そして全身に強い激痛が走り、自分の身に何が起きたのを思い出した。

 自分たちはロベール軍から逃げるために、崖から転落したのだ。

 メラニーを抱きかかえて受け身をとりながら落ちたが、さすがに全身をしたたかに打っていた。

 しかし、メラニーが無事だったのは何よりだ。


「大丈夫……?」

「ああ、なんとかな……」


 痛みに耐えながら体を起こすが、骨折はしていなかった。

 周囲はすでに明るくなっていて、自分がどこを滑り落ちたかがわかる。

 何十メートルあるだろうか。あの高さから落ちてこのケガで済んだのは神の御加護があったとしか思えない。


「この馬は……」


 見知らぬ純白の馬がメラニーの後ろに控えて、こちらを見ていた。

 色はまったく違うが、目つきは松風に似ていた。

 絶対強者の自負を持ち、自信に満ちあふれている。今すぐに走らせろと訴えかけてくるようだった。


「神様の馬」

「神?」


 メラニーは神と出会い、神からこの馬を授かったということを教えてくれた。

 相手がトカロンだったら嘘と笑っただろうが、メラニーの言うことなら無論信じる。


「天に向かって吹く風……『天津風』だって」

「天津風……」


 創造神によって天と地に引き裂かれた神々。地の神は天を目指して馬を走らせたのだろうか。

 けれど馬は大地を駆け、地の果てに到達しようとも、決して天に近づくことはできない。


「神は俺たちに自由になってみせろと言っているわけだな」

「そういうことだと思う。自分たちにできなかったことをやってみろって」


 できるのか?

 けれどその問いは意味がない。


「やるしかない」

「そういうこと!」


 俺たちは神より譲り受けた天津風に騎乗する。

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