第23話

 マリウスはドアを思いっきり蹴飛ばした。

 するとドアが外れて、ドアの後ろにいた兵士ごと吹っ飛んでいく。


「メラニー!」


 マリウスに手を引かれて、小屋を出た。

 周囲は松明を持った兵士たちがいっぱいで、昼間のように明るかった。

 マリウスは剣を構え、ゆっくり前進する。

 兵士たちはそれに合わせて少しずつ後退した。マリウスの言ったように、積極的に戦う気はないみたいだった。

 マリウスは兵を威嚇しながら、馬のつないだところまで行く。

 兵士たちが下がる中、前に一人出てきた。

 ロベールだった。


「止まれ。馬に乗ったら逃亡の意思ありと見なす」


 止まらないと殺すという状況だ。

 しかし、マリウスは父に一瞥すると、それに構うことなく馬に飛び乗った。


「花嫁を殺すことはないだろう、大丈夫だ」


 そう言ってマリウスは馬上から手を伸ばし、私は覚悟を決めてその手を取った。

 マリウスとは一蓮托生。

 それに私ができるのはマリウスを信じることぐらい。マリウスが望むことならなんでもやってみせる。

 馬に乗ると、その高さから一気に周りの状況がよく見えるようになる。

 こちら二人に対して、向こうはきっと100を軽く超えている。松明の明かりでお祭りでもやっているかのようだった。

 絶体絶命の状況ではあるけれど、背にマリウスの温かさを感じると、安心するどころかワクワクさえしてくる。


「もはや手心は無用! 総員かかれ!」


 指示を無視されたのでは示しがつかない。ロベールが剣を振り下ろし、全兵士に号令する。

 それに合わせて、これまで後退しなかった兵士たちが前に踏み出す。


「強引にいく! 掴まっていろ!」


 マリウスは馬を駆けさせる。

 それを阻止しようと槍を構えた兵士が立ち塞がるが、馬は軽々と飛び越えてしまう。

 あっけにとられる兵士をよそに、マリウスはさらに突き進む。

 次々に兵士たちが殺到してくるが、馬で威圧し、迫る槍先を剣で切り払い、マリウスはまったく近づけさせなかった。

 ざまーみろ、マリウスに敵うもんか! と叫んでやりたくなる。

 けれど、そう簡単には終わらなかった。進めば進むほど敵が密度が上がっていき、思うように動けなくなっていく。

 さすがのマリウスの愛馬・松風も足場を確保できず、立ち往生してしまう。


「ちっ、数が多いな……」

「マリウス、あっち!」


 私は指をさす。

 周囲を囲まれている中、左前方に敵の少ない箇所があった。

 マリウスは返事をする前に、馬をそちらに向けた。

 敵の松明を剣で打ち払って火を散らす。そして怯んだところを強引に突破した。


「追え、追え、追えー!!」


 隊長と思われる人物が叫び、兵士たちは逃がすまいとさらに追いかけて来る。

 馬は疲れ知らずで、私たちを乗せたまま休むことなく、縦横無尽に駆け回った。


「マリウス、右よ!」

「おう!」


 不意を突いて右から迫る敵の肩を剣が貫いた。


「今度は前!」


 マリウスの第三の目となって私は支援する。

 マリウスは数十の敵を撃退して、傷一つなし。

 これが「ベーシリス一の剛勇」とも謳われるマリウスの強さだ。

 敵の数は圧倒的だけど、迷いのない機敏な動きに。マリウスならきっと逃げられるという希望が湧き続けてくる。

 そして敵の一群を抜くと前方が開け、ついに包囲を突破した。


「やったー!!」


 私はあまりの喜びで叫んでしまった。

 けれど、少し進んだところでマリウスは馬を急に減速させる。


「どうしたの?」

「やられた……」


 振り向き、横目で見たマリウスは、額にしわを寄せ、渋い顔をしていた。

 何をやられたのかまったくわからなかった。

 敵を突破して助かるようにしか、私には思えない。


「見ろ、崖だ」


 マリウスが馬を返し、剣で指す。 

 その先は道が途切れて、奥は暗闇に溶け込んで何も見えなかった。

 よく見ればこれまで通ってきた道はだんだん細くなっている。どうやらここは岬のように突き出した場所のようだった。

 つまり、周りは全部崖だ。

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