第20話

 俺とメラニーは包囲を抜け、ルーベから脱した。

 当然、追撃の部隊を向かわせるだろうが、準備のためにしばらくは動けないはずだ。

 半日は安全だと言っていいだろう。


「メラニー、大丈夫か?」


 胸に顔を埋めたままのメラニーに声をかける。


「う、うん……」


 メラニーはようやく顔を上げる。


「おい……?」 


 メラニーが何もしゃべらなかったので心配する。

 さすがのメラニーも、一息ついたことで遅れて恐怖が襲ってきたのかもしれない。


「ニノンは……ニノンはどうなるんだろう……」


 俺の読みは間違っていた。

 メラニーは自分のことではなく、妹のニノンを思っていた。


「私がいなくなったら、ニノンがまた花嫁になって……」

「ニノンなら大丈夫だ。花嫁衣装はここにある。神儀は必ず正式な形で行うだろうから、新たに衣装が作るまでは延期になるはずだ。それまでに救出すればいい」


 おそらくこの見立てはあっている。

 早く花嫁の儀を終えて、ルーベ砦を作りたいという事情はあるが、神の怒りを鎮めるのが目的である以上、要件の揃わない状態で強行するわけがない。


「救出……。それしかないよね……」


 今回の件で、再び花嫁がさらわれないように警備が強化されるだろう。その中、救出ができるのかといえばかなり難しい。

 だが可能性がゼロなわけではない。

 状況をうまく利用すればニノンを救出し、三人で逃走することもできるだろう。今はそう思っておくしかない。


「それでどこにいくの?」

「それなのだが、叔父を頼ってみようと思う。騎士をやめて絵描きをやっている変わり者だ。おそらく力になってくれると思う」


 仮面をしていたから正体がバレていない、そんな都合のいいことは思わない。

 松風に乗っていたことも、現在ルーベにいないこともあって、花嫁を盗んだのは俺だと断定されているに違いない。

 きっとその報はすぐに各地に広まることになり、行動を取りにくくなるはずだ。

 追撃の指揮を執っているのは間違いなく、俺の父ロベール。時間が経過すればすれば厳しい状況に追い込まれよう。


「かくまってくれるかな……? 私たち、犯罪者のようなもんなんだよね?」

「面倒な政(まつりごと)を嫌って僻地に住んでいる人間だから大丈夫だろう。煙たがられるとは思うが、面倒だからと通報もしないはずだ」

「そう……」


 メラニーはまだ不安そうな顔をしている。

 とりあえず目的地はできたとはいえ、考えないといけない問題は山積みだった。


「お父さん心配してるだろうな……。マリウスのところもそうだよね」

「クレマン殿は賢明なお方だ。すぐに状況を正しく理解し対処する。君もさらったことで俺が恨まれることはなろうが……」


 クレマンには婚約の話がすでに伝わっている。

 名誉を得る代わりにニノンを失ってしまうが、結婚で多少安定は得られるはずだった。けれど、俺はただの犯罪者であり、反逆者であり、疫病神とも言える厄介者になってしまっている。

 父ロベールは俺のことをどう思っているか? そんなのは決まっている。騎士の道を踏み外した俺に失望している。


「マリウスを恨まないよ。むしろお父さんなら、マリウスがいるから大丈夫って思っていそう」


 メラニーが苦笑する。


「そうか? だが俺がなんとかする。メラニーは何も心配しなくていい」

「ふふ、期待してる。もちろん私ができることはなんでもするけど」

「いや、これは俺一方的に巻き込んだこと。メラニーは被害者で、何もしなくていいし、気に病む必要もない」


 全部俺が勝手にしたことだ。罪はすべて俺が背負えばいい。


「何言ってんのよ! 私の命を助けてくれたんでしょ?」

「あ、ああ……」

「私は感謝してるし、マリウスのしてくれたことは嬉しいと思ってる。だって、今頃、地面の下で一人泣いてたかもしれないんだよ」


 メラニーの声に感情がこもり、目に涙を溜めるので戸惑ってしまう。

 メラニーがそんな顔をするのは今まで見たことがなかったのだ。


「……よかった。俺は勝手に大罪を犯して、メラニーを巻き込んでしまったと思っていた」

「そんなことないよ。でも、真面目なマリウスがやるとは思わなかったな」

「ああ、それは俺もだ」


 メラニーを救いたいという思いが、規律を越えてしまった。

 メラニーの言葉を聞いて、それでよかったと思え、ようやく顔が緩まった気がする。


「この地はあまりに不自由すぎるよ。私たちに翼があればあの大空に逃げられるのに」


 メラニーは日が落ち始めた夕空を見上げて言う。

 綺麗な夕日だった。

 花嫁の儀などなければ、どんなに人の心を癒やしたことだろう。


「翼はないが俺たちには足がある。どこまでもこの地平を走り続け、大空を見上げることができる」

「何それ、嬉しいこと?」

「ああ、飛んだものはやがて落ちてくるからな。この場にしっかり二本の足で立つ。当たり前で一番もっともなことだ」

「ふふ、変なの。でも、空を見上げるってのはわかるな。地上はいろんなことがあって、地形も簡単に形を変えてしまうけど、空はいつも変わらない。いくつかの姿を交替で見せてくれる」

「また三人で見よう、空を」

「うん……。空を見る、そんなの当たり前で簡単なことだもんね……」


 俺は花盗人となった。

 花盗人は神がかつて行ったことだ。だから、その行為は人の間では許されていた。

 しかし、自分の場合、神から花嫁を盗んでしまったことになる。

 それは許される行為であったのだろうか?

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