第19話
俺は花嫁を強奪した。
追っ手を振り切り、民家の裏でようやく人心地つくことができた。
剣でメラニーの手錠を断ち切る。
メラニーは多少動揺しているようだったが、状況を飲み込み、落ち着いているようだった。
普通であれば、謎の人物に急に誘拐されたのだから、まともでいられないだろう。その辺りはやはりメラニーの気丈さが出ている。
「マリウス、これからどうするの?」
「このまま逃げ切る」
「逃げるったってどうやって……?」
兵士たちの声や足音は近く、ここに立ち止まっていたらすぐに捕まってしまうだろう。
「馬を取りに行く」
ともに戦場に駆け抜けてきた我が愛馬があれば、この包囲など簡単に抜けられるはずだ。
屋敷横の厩舎まで行くことさえできれば、あとは乗り切れる。
「いたぞ!!」
「ここだ!!」
そう言っているうちに追っ手に見つかってしまう。
どこに逃げるかは思いつかないが、まずは馬で遠くに離れるしかなさそうだ。
「走れるか?」
「うん、大丈夫」
これまでメラニーを抱えて逃げていたので制約があったが、両手が空けばかなり楽になる。
メラニーは運動が得意で、人並以上に動けるから心配もいらない。できればこんなところでその才能を発揮してほしくはなかったが……。
「うおおおおっ!!」
近くにいる兵は四人、先手を取れば負けるわけがない。
気勢で相手を威嚇しつつ、二人の剣を叩き落とす。
体当たりでもう一人を転倒させ、反撃に出ようとした最後の一人を左腕でぶん殴る。
「今だ!」
メラニーの手を引いて走り出す。
メラニーは戸惑うことなくちゃんとついてきてくれる。
「向こうに行ったぞ!!」
「逃がすな!!」
騒動を聞きつけて、兵士たちはすぐに集まってくる。
戦場ならば一人一人斬り捨てればいい。だが相手は父の配下、そういうわけにもいかない。
メラニーと一緒に走り、屋敷に向かうが、近づくほど兵士の数が増えている。
「くっ、行動を読まれているか……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
さすがのメラニーも息が上がっている。このまま走り続ければ、いずれ動けなくなり捕まってしまうだろう。
そのとき、地面の揺らすような激しい馬蹄の音が聞こえた。
それはよく知っている。我が愛馬・松風のものだ。
口笛を吹くとすぐにそれを聞きつけて、松風が姿を現す。
「うわあああっ!?」
「逃げろおおおーっ!!」
松風の体躯は他の馬より一回り二回り大きい。疾走する松風に踏まれては大変だと、兵士たちは慌てて回避した。
その馬は絶大な力を持ち、衰えることがなく、常緑であることから不老不死される「松」に例えられた。そして走り始めれば「風」のように一瞬にして過ぎ去ってしまう。
厩舎に繋がれている松風が単独で走っている状況はおかしいが、そんなことを考えている余裕はなかった。
「松風!」
武装した兵に囲まれていることもあって、松風に止まる様子はなく、俺は走る松風に強引に飛び乗った。
戦場において行儀良く立ち止まる馬ではないのだ。こちらも相応に扱いこなさねばならない。
速度を下げない松風はそのまま旋回させて、再びメラニーがいる場所に戻ってくる。
俺は投げ出すように体を馬の横に傾けた。
「メラニー!」
「えっ!? ええっ!?」
勘のいいメラニーはわかったようだ。
馬を走らせたままメラニーをキャッチして馬に乗せる、というのが俺の考えだ。
かなりの速度が出ていて、失敗すれば大ケガは間違いないが、俺とメラニーならやれる。
「ぎゃあっ!?」
メラニーを足元からすくい取り、抱きかかえる。
そして、自分の前に横向きに座らせた。当然、またがったほうが安定するが、今は花嫁衣装で裾が長いからこの姿勢でいくしかない。
「し、ししし死ぬかと思った……」
「ちゃんと立ってたじゃないか」
メラニーは叫び声を上げたが、松風の突進を前にして取り乱すことがなかった。
普通の人間なら、さっきの兵士のように飛び退いていたはずだ。
「よし、突破するぞ! 振り落とされるなよ」
「うん!」
メラニーは俺の胸に頭をつけてしがみつく。
案の定、これまでの行動で、帯で止めただけの伝統衣装は乱れてしまっていた。
はだけた胸にメラニーの体が当たり、その温かさを一層感じることになる。
この命を守らなければならぬと、気が引き締まる。
「はいやー!!」
松風の腹を蹴ってさらに速度を上げた。
兵士たちは松風とまともに対峙することができず、どんどん避けていくので、楽に通過することできた。
むやみに剣を振るうことができないので、これは非常に助かった。
だがそれでも勇気を振り絞って立ち向かってくる者もいる。そこはさすがは父ロベールの配下だ。
「花嫁に当てるな! 馬を狙え!」
指揮官が兵たちに命令し、横一列に並ばせて槍衾を形勢する。
無数の穂先がこちらに向けられ、強引に突破しては負傷をさけられないので左に折れて進む。
だがその先にも同じく槍兵が待ち構えていた。
「てやあっ!」
横から一つの槍が突きつけられる。
まずい!
それは一直線にメラニーに向かっていた。
メラニーを狙ったつもりはないのかもしれないが、松風の速さを読み誤って、メラニーに命中するコースに入ってしまっていた。
すでに剣を振るうことができず、右わきを締めて槍の穂先を挟み込む。
「うぐっ!?」
甲冑であればそれで刃を折れたが、今はただの布きれしかしてない。刃に腕を切り裂かれてしまう。
腕を返して剣を振り下ろし、槍の柄を叩っ切る。
左手で傷口を触るが、そこまで深くはないようだった。
「マリウス、大丈夫!?」
「ああ、問題ない。それよりすまない、血が……」
血がしたり落ちてメラニーのベールにかかり、白く薄いベールに赤が広がっていっていた。
「別にいいのよ、こんなの」
メラニーはベールをかなぐり捨てる。
「お、おい、危ないぞ」
メラニーが俺の体から手を放して体を上げるので、とっさに左手で支える。
メラニーは馬上で花嫁衣装の裾を強引に引っ張り、引き裂いてみせる。
そして今度は体を後ろに倒して、俺の右腕に布を巻き付けようとする。
かなりアクロバティックな姿勢で、振り落とされないか心配になる。
「これでよし、っと!」
メラニーは布で強く締め付けて止血をしてくれた。
戦場において何も恐れることなく、こういうことをやってのけるのはさすがメラニーだと思う。
「ありがとう」
自然と笑みがこぼれた。
メラニーと一緒なら逃げ切れる。
俺は確信した。
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