マリウスパート

第17話

「トカロン……」

「あん?」

「本当にこれを着ないといけないのか?」

「儀式なんだからしょうがないだろ。俺だってこんな古くさいの着たくないって」


 俺とトカロンは、祭祀の道具などが保管されている倉庫に来ていた。

 騎士として甲冑姿で参列しようと思っていたが、神と対面する儀式だから正装しろと父に言われたのだ。

 まだボタンが発明されていなかった時代の服だ。布を体に巻き付けて帯で締めるという原始的な着方なのだが、これが案外難しくて、きちんとまとまってくれない。

 これで動いたら、すぐはだけてしまうだろう。


「おい、これすごいぞ!」


 トカロンがどこで見つけたのか、板のようなものを渡してくる。


「仮面……?」


 木の板に複雑な彫刻が施されているが、それは確かに仮面だった。

 顔に当てたらちょうど目と口に来るところにぽっかり穴が空き、横にはヒモが通されている。

 ホコリをかぶっていてだいぶ古いもののようだった。


「花盗人の仮面だぜ」

「花盗人? ああ」


 最近、どこかで聞いたと思ったが、ニノンと話していたのを思い出す。


「花嫁を盗むときに使う仮面だな」

「へえ、知ってたか。それ、神様の顔をかたどってるんだぜ」


 どうやら仮面のことを言っているらしい。


「大昔、ある神様が創造神の娘に恋をしたんだが、創造神は『お前なんかに娘をやれん』と拒否して、当てつけに別の神様の嫁にやったんだと。だが、その神様は娘をさらって二人は駆け落ちしてしまったんだ」

「へえ。花盗人は神話だったのか」

「でも創造神は怒り狂って許さなかった。神様に呪いをかけ、岩に縛り付けて動けなくしてしまったんだ。娘のほうは逆に星にされてしまった。二人の中は引き裂かれて、天と地、この世で一番遠いところに置かれたわけだな」

「全然知らなかった……」


 現代にも続く習慣なのだから、神は花嫁と駆け落ちをすることで幸せになったのだろうと思ったが、そうではなかったようだ。


「いつの時代も恋愛は命懸けってこったな」


 トカロンが言うと説得力がある。

 女との噂は事欠かない色男で、逢い引きを相手の父親に見つかって殺されかけたという話はよく聞く。

 戦争でのケガよりも、そういったことでのケガのが多いともいう。


「そういえば、メラニーちゃんと結婚するんだって?」

「なっ!? なぜそれを知っている?」

「ただの噂」


 トカロンはくくっと笑ってみせる。

 こういう話題には恐ろしく耳が早くて驚かされる。


「幸せにしてやれよ」

「ああ、この命に替えてもな」

「おっ、言うじゃん」

「約束だからな」


 今日、花嫁として旅立つニノンの分まで、メラニーのそばにいる。

 それを違えることは決してない。


「今日、メラニーちゃん見かけてないけど、仲直りできたんかな」

「仲直り?」

「おいおい、聞いてないのか。ニノンちゃんとケンカして、しばらくしゃべってないらしいぞ。今日が最後だっていうのにな」


 それは知らなかった。

 ルーベの代官として儀式の準備や招待客の接待などで忙しかったのもあるし、二人に個別で会っていたが、そんな素振りは見せなかったのだ。

 二人がケンカすることはよくあったが、いつも翌日には仲直りしていた。しかし、今回は事態が事態ということのようだ。

 このままであっていいはずがない。今日解消できなければ、永久に元に戻れなくなってしまう。


「ちょっと探してくる!」


 トカロンを倉庫に残してメラニーを探しにいった。

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