第15話
寝不足のために判断力を欠いていたのか。
花嫁衣装をまとった妹を見て、感情的、感傷的になりすぎていたのか。
どれかかもしれないし、全部かもしれない。私は自ら花嫁になると言い出してしまった。
やり方はすごく簡単。
ニノンの服を剥ぎ取って自分で着る。
「ごめん!」
ニノンが反対するのはわかってるし、説得している時間なんてないので、私はマリウス直伝の護身術で、ニノンに一撃入れて気絶させた。
倒れたニノンを持ち上げ、花嫁衣装を収めていた衣装箱の中に入れる。
その中のほうが絶対棺よりいいはずだ。
「私だって……妹を犠牲にしてまで生きてたくなんかないよ……」
すぐに係の人が呼びに来るはず。急いで衣装を着替える。
結婚衣装には、すっぽりかぶるベールがあるから顔は隠せる。
背丈はニノンより自分のほうが背が高いけれど、ドレスの裾は長いので少しかがんでいれば、きっとバレないはず。
「ニノン様、お時間です」
着替え終わったとき、お呼びがかかった。
危うく声を出しそうになったが、静かに振り返って頭を下げる。
自分はニノン。
バレないようにしなくちゃいけない。声は出さない。目はつぶる。
「失礼します」
腕にひやりとずっしりとした感覚。
手錠だ。
人柱を立てる儀式では逃げたり暴れたりしないように手錠をつけることになっているけど、まさか自分がつけることになるとは思わなかった。
これでは花嫁なんだか罪人なんだかわからない。
係の者に手を借りて、社の外に出て行く。
ベール越しに、境内には白木で作られた棺が置かれているのが見える。
周囲には大勢の参列客がいるけど、不気味なぐらいに静まりかえっていた。
「こちらへ」
ニノンは何も見えないから、私も自分から動くことはできず、導かれるままに棺に入れられた。
自ら箱に入るというのはとても変な気分だ。
悔しいけれど、棺の中は絹がすべすべして、綿がふわふわだったので、自分のベッドより遙かに快適な空間になっていた。
神様の花嫁なのだから、人間の中では最高位との扱いになるからだ。
王様もそれが一瞬のことだからと、自分より偉い人の存在を許してくれる。
棺に入るということは死の確定。本当は怖いはずなんだけど、不思議とその感覚がなかった。
ニノンを気絶させてからずっと興奮状態で、ちょっと感覚がおかしくなってしまっているんだと思う。
係の人が去って、今度は派手な祭祀の格好をした男が四人現れた。
私の父クレマン、そしてマリウスの父ロベールがいる。
あとの二人は知らなかった。中央から派遣された人かもしれない。
四人は私の周りに立ち、
「祝着至極に存じます」
「祝着至極に存じます」
その言葉を繰り返した。
ようするに、神様の花嫁に選ばれて幸せですね、と言っている。
本当にそんなこと思っているわけじゃないから、呪いの言葉のように怖く感じる。
そして、やむを得ないとはいえ、実の父が妹に対してそんなことを言っているのが悲しくてしょうがない。
それはだんだん怒りの感情に変わってくる。
子供を犠牲にして自分たちが生き残ることについて、なんとも思ってないんだろうか。
(なんて恥ずかしいんだ……!)
そう叫んでやりたくもなる。
元はといえば、これはお城を安全に作るための人柱で、戦争で勝ちたいからやる儀式。子供を犠牲にすることで、神様に助けてもらおうなんて浅ましい。
四人は一回視界から消えて、今度は大きな板を持って現れる。
それは棺の蓋だ。
私の入っている棺にかぶせて、釘を打って封じることになる。
蓋がかぶさっていき、中に入る光が減って暗くなっていく。
そこでようやく恐ろしい、という感情が生まれた。
このままだと蓋が全部に覆いかぶさり、光が一切入らなくなってしまう。
永遠の闇。
二度と光を、外の世界を見ることができなくなる。
ガタッ、と蓋が閉まる音がして、完全に光を断たれた。
(暗い……! 暗い……! 何も見えない……!)
今さら当たり前のことを思ってしまう。
暗闇がこんなにも怖いなんて知らなかった。
そんな取り乱しそうなほどの恐怖の中、一つクリアになったことがあった。
(ニノンはずっとこうだったんだ……)
生まれたころから、目は見えず、光も感じられなかった。
でも怯えることなく、いつも笑っていた。
何も見えないのが怖くないわけがない。それでも強くなろうとしてたんだ。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ……)
このまま真っ暗闇の中、砦に運ばれ、儀式が執り行われ、土に埋められる。
それが終わるまでに何時間あるんだろう。
この真っ暗で狭い場所。腕には手錠。
救いが何一つも見つけられない中で、耐えられるわけない。
(今すぐ殺して……!)
まだ釘が打たれてない。今、蓋を蹴飛ばせばまだ間に合う。
でも、それではニノンと入れ替わった意味がなくなってしまう。すぐニノンが代わりに詰められ、花嫁の儀は再開するだろう。
何としても耐えなきゃ……。死んで耐えなきゃ……。
死にたい……。殺して……。
この数秒の時間でさえ、私は気が狂いそうになる。
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