第14話


 その後、作業場にニノンは姿を現さなかった。

 心配ではあるけど、作業を中断してまでニノンに会いに行くわけにもいかないし、会うのはすごく気まずかった。

 会ってもどのような言葉をかければいいのかわからない。

 いろいろ想像してみても、こうすればうまくいくという結末に至らない。

 数日後には衣装が完成して、死を見届けないといけず、ハッピーエンドなんて初めからないんだから、しょうがないだろう。


「やっと終わった……」


 花嫁の儀式、当日の未明、ようやく衣装が完成した。

 一週間まともに寝てないので、さすがにもう限界だった。

 最後にもう一回確認してから仮眠を取り、儀式に備えようとしたものの、そう思った瞬間には寝ていた。


「メラニーさん、起きて!」


 一緒に作業していた若い女性に起こされる。


「ああ、寝てた……。今、何時……?」

「お着替えはとっくに終わって、儀式が始まります!」

「えっ!?」


 完全にやってしまった。

 ちょっと眠るなんてできるほどの疲れじゃないんだから、無理にでも起きていればよかったんだ。


「どうして起こしてくれないの!」

「起こしましたよ! でも起きてくれなくて!」

「うっ……」


 これはただの八つ当たりだ。自分でもわかってる。


「まもなく棺に入れられ、すぐ移動となりますよ!」


 私は寝起きで足をもつれさせながらも、懸命に走った。

 村の祭祀場で花嫁衣装を着たニノンが棺に入り、男たちが担いで砦の建築現場に向かうはずだった。

 砦でも儀礼の準備が行われ、飾り付けがされている。土地神に対して、花嫁を捧げる宣言が執り行われ、花嫁は棺に入ったまま地面に埋められることになる。

 私は何度も転びながらも、とにかく走った。

 最近、心のようにずっとどんよりとした曇りが続いていたのに、今日は雲一つない青空だった。

 祭祀日和と言える空なのが憎かった。


「私が意地を張るから……!」


 棺に入ってしまってはもうニノンに会えな。こんなことになるなら、ニノンに謝りに行けばよかった。ケンカが最後のやりとりなんてひどすぎる。

 祭祀場に集まっている参列者の間をすり抜け、ようやく社の中に飛び込む。

 すでに準備は整っているようで、中には誰もいなかった。

 あとは時間になったら、係の人がニノンを呼びに来て、棺に入れられるだけの段階だ。

 ぎりぎり間に合ったことになる。


「ニノン!!」


 そこには、私たちが一週間かけて作り上げた花嫁衣装を来たニノンがいた。

 神の花嫁にふさわしい衣装。普段はあどけない妹が、まさに神々しい姿となっていた。


「お姉ちゃん……!?」

「綺麗……」


 息を切らしながら、私は初めに思ったことを言った。


「ありがとう……。来てくれたんだ」

「当たり前でしょ」

「遅刻したくせに」

「うっ……」

「ただの冗談だって。来てくれるって信じてた。お姉ちゃんが作ったドレス、すごくいいね。馬子に衣装って言われるかもしれないけど」

「そんなことない。私の妹は世界一可愛い。神様にだってもったいないくらい」

「ふふ、お世辞でもありがと」


 ニノンは笑顔で応えてくれた。

 でも、私にはそれが逆につらかった。

 どうしてこれから死にに行く人間が笑顔になれるのか。こっちは気を抜いたら泣き崩れてしまいそうなのに。


「……ニノン、今からでも遅くないよ。逃げよう」

「なに言ってるの、お姉ちゃん」


 私はまた同じことを言ってしまう。

 無理なのはわかってるけど、ニノンの死なんて認められないんだ。どうしてもどうしても、どうしても。


「逃げられるよ」


 私は言う。


「どうやって?」

「私がニノンの代わりに花嫁になる」

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