第13話

 結局その日も二時間ぐらいの仮眠になってしまった。

 ニノンは自分が着る衣装をどういう気持ちで見守っていたんだろう。

 私はつらかった。

 衣装が完成に近づくほど嬉しいけど、それはニノンの最期にも近づいているということで、気分はどんどん滅入っていく。

 私が花嫁衣装を作ればニノンが死ぬ。ニノンを殺すのは自分だ。そんな声が聞こえてくるような気がした。

 ニノンと神様が釣り合っているか? そんなの釣り合ってるわけがない! 私はウソついたんだ!

 昨日、ニノンとは楽しくおしゃべりしたいと思ったばかりなのに、今日はものすごく落ち込んでいた。


「ニノン……」

「うん、どうしたの?」


 ニノンはうとうとしていたけど顔を上げる。


「逃げない?」


 私はこれまで何度も喉まで来ていたセリフを言ってしまった。


「逃げる?」

「どこかに逃げよう。ニノンが人柱になることなんてないよ!」

「無理だよ。あたし、目見えないんだよ? 途中で捕まっちゃうって」


 私は興奮していたが、ニノンはすごく冷静だった。


「私が負ぶっていく! ニノンは何もしなくていい!」

「どこに逃げるの? 何かあてはあるの?」

「そ、それは……」


 逃げたあとのプランは思いつかなかった。

 一時は逃げられるかもしれないけど、住むところも食べるものもなければ、すぐに動けなくなって捕まってしまうはず。


「逃げるなんてできないよ」


 ニノンが言う。


「だって、運良く逃げられたとしても、他の人が人柱になっちゃうんでしょ? なら、あたしは絶対に逃げない」

「ニノン……」

「もちろん死にたくはないけど……。あたし、ちょっと嬉しいんだ」

「え……?」


 きょとんとしてしまう。

 あまりにも想定外のことすぎて、ニノンの言っていることがまったくわからなかった。


「お姉ちゃんに、マリウスさんに、村のみんなに、こうしてずっと迷惑掛けっぱなしだったじゃん? だから最後にお役に立てるのが嬉しいの」

「そんな……。みんな、迷惑だなんて思ってないよ!」

「ううん、いいの。噂で聞いたよ。人柱を誰にするか決めるとき、あたしが一番村にとって被害が少ないから賛成したって」

「そんなの……誰が……」

「別にそんなのこといいんだよ。あたしが一番わかってるし」

「あたしのお姉ちゃん、どっちが生き残ったほうがいいかの話でしょ? 当然、お姉ちゃんに決まってるじゃん!」

「…………」


 ニノンが自信満々に言うので、私は何も返せなくなってしまう。


「お姉ちゃんは生きなくちゃダメだよ。あたしの何倍もすごい人間だし、この村にとっていなくちゃいけない」

「そんなことないよ!!」

「そんなことあるよ。村の偉い人がお姉ちゃんを選ばなかった理由はすごくわかる。みんながお姉ちゃんのこれまでやったことや才能を知ってて、それを失ってはいけないと思ったんだよ。それに……」


 ニノンは何か言おうと黙ってしまう。


「ううん、なんでもない。これは本人たちが何とかすることだからね」

「なに言ってるのよ……」

「とにかく、お姉ちゃんを必要としてる人はいっぱいいるの。あたしはあたしで求められたことをやる。ようやくみんなの役に立てるんだ。自分の代わりに誰かが死ぬなんてあり得ないし、あたしはこれが一番正しいと思ってるよ。……だから、あたしの代わりに生きて」


 妹の前では絶対に泣くまいと思っていた。

 けれど自然と目に涙がたまって溢れそうになる。


「バカ言わないで!!!」


 私は飛び出していた。

 いや、逃げ出していたが一番正しい表現だと思う。

 目の見えないニノンを残して、夜の野をあてもなく走っていた。

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