第10話

「実はメラニーとは結婚することになっているんだ」

「えっ!? 本当!? どっちから告白したの!?」


 ニノンになら話してもいいだろうと軽い気持ちで言ったのだが、ニノンは想像以上に大声を出して驚いた。


「いや、父から結婚するように言われてな。メラニーにはまだ話してない」

「なーんだあ……」


 よくわからないが、ニノンはがくっとうなだれる。


「それ、絶対にお姉ちゃんに言わないでね」

「ン? どういうことだ?」

「お父さんに結婚しろと言われたから結婚するんだ、とか絶対に言っちゃダメ! 死んでも言っちゃダメだよ!」

「ううん? よくわからんが、そうしよう」

「あと、私に言われたから、というのもナシだよ!」

「承知した」


 結局、意味はわからなかったが、ここは従うしかなさそうだ。


「でも、いいこと聞けたなー! マリウスさんとお姉ちゃん、すごくお似合いだもんね!」

「そうか?」

「そうだよ! 性格の相性もばっちりだし、ただの村娘とはいえ、村長の娘! そこまでマリウスさんの身分に劣らないじゃない」

「ふむ……」


 ニノンの言うように、確かに身分の差があると結婚できないことがある。規律や倫理観の問題なんだろうが、昔からそうなっている。

 俺も騎士の子だが次男だ。本家を継ぐことはないので、そこまで身分は高くない。比較する対象ではないのだが、下手すれば祭祀を司るモーリアのほうが格式があると言えるかもしれない。


「そういえば、どうしてロベール様がうちのお父さんと仲がいいか知っている?」

「いや?」

「ただの噂かもしれないけど、お父さんが花盗人だったんだって」

「へっ?」


 ニノンから思わぬ言葉が出てきた。


「さすがに花盗人は知ってるでしょ?」

「ああ、身分が違ったりして結婚が認められない場合、本懐を遂げるため、花嫁を盗ませるやつだよな」

「うん。表向きは別の誰かと結婚するように見せかけて、結婚式に本命の人が花嫁をさらっていっちゃうの」

「本当なら結婚は認められないが、盗まれたのだから仕方ない、として処理するものだな」

「処理って……まあ、そういうことなんだけど」

「それで、クレマンさんが誰かを盗んだというのか?」

「ふふーん」


 ニノンは意味深長な笑いを浮かべる。


「それがねー。ロベール様の妹さんなんだよ!」

「ンン!? どういうことだ!?」

「妹さんは他のすごく偉い人と結婚するようになってたらしいの。でも、すでに恋仲になっている人がいて、どうにかならないかと悩んだところ、お父さんは妹さんをさらっちゃったのよ!」


 噂というが、ニノンは恐ろしいことを言ってのけた。

 ニノンの父が、俺の叔母をさらって結婚したという。それは俺とニノン、メラニーがいとこ、ということになる。


「これは勝手な推測だけど、ロベール様は妹さんのことを不憫に思って、その仲を応援してたのね。だから、わざとうちのお父さんに盗ませたの」


 慣習に従って、その二人は結婚することになるのかもしれないが、やっていることはかなり問題がある。

 誰か知らないがどこかの貴族の花嫁を勝手に奪い取ったのだから、刑罰が下るかもしれないし、戦争にもなりかねない。

 父は二人のためを思って、それをあえて隠したんだろうか……?


「父がモーリアに肩入れする理由にはなっているが……」


 とても信じられない内容ではなかった。

 けれど、行方不明になった親族の噂は聞いたことがあった。戦争が長期化しているこの時代、行方不明は珍しくないので、誰も気にしていなかったが。


「世紀の大恋愛だよね! お父さんやるなあ! ……まあ、さすがにウソなんだろうけど」


 さすがにニノンも信じられない話のようだ。

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