第9話

 人柱の可否について身の程をわきまえず、父に抗議したのは正しかったのかわからない。

 臣下としてよくなかったのは間違いないだろう。

 リスクを取ったあげくニノンを救うことはできなかったのだから、やはり失敗だったのかもしれない。


「あっ、マリウスさん」


 ぼうっと考えながら歩いていたら、当のニノンに話しかけられ、心臓が飛び出そうになる。

 戦場でもなかなかこのようなことはない。


「よくわかったな」

「そりゃわかるよー。雰囲気っていうのかな、においっていうのかな」

「におい?」

「マリウスさんの持ってるオーラみたいな感じかな」


 優れた武人は気配だけで敵を察知するというのが、そのようなものかもしれない。

 目が見えないというハンデを持っている分、そういった感覚が強くなっているだろう。


「それはすごいな」

「えへっ、褒められちゃった」

「敵の気配を察知する。戦場においては重要なセンスだ。正直、うらやましい」

「えー、それは違うんじゃない?」

「そ、そうか……?」


 ニノンに思いっきり否定されてしまう。


「あたしのは知ってる人を見分ける力だから。誰も知らない人ばかりの戦場じゃ役に立たないよ」

「ふむ……。どういう感じなんだ?」

「マリウスさんはねー。自信があってすごく強い感じなんだけど、そこに優しさというのか弱さもちょっと混ぜた感じ!」

「弱い、か……」


 それには覚えがある。

 判断が甘いとよく父に言われる。騎士は決断力と即決力が必要だが、自分はどうも考え込んでしまうのだ。


「ちなみにお姉ちゃんは、凜としてしゃきっとしてるけど、お砂糖のようにもろいような感じ」

「ほう?」

「ああ見えてか弱いところがあるんだよー」

「弱い……?」


 メラニーは初めて出会ったときの第一印象からあまり変わっていない。

 強い。

 少しでも引いたら押しきられてしまう。だからどっしり構えて、彼女に向き合うよう努めている。

 けれどそれでも、うまく対峙できているかは自信がなかった。

 それに訓練を積んで戦場に出たら、優秀な戦士になるだろう。ときどき戦場に出たいと言うから、これは絶対に阻止しなければいけない。


「だから、お姉ちゃんをよろしくね」

「うん? 戦士にはさせないが」

「そうじゃなくて……。はぁ、マリウスさんも心配だなあ」


 ニノンは呆れてのけぞってみせる。


「まあ、マリウスさんらしいからいっか」

「あ、ああ……」

「今はわからないかもしれないけど、お姉ちゃん、強がってるだけでそこまで強くないの。あたしがいなくなったら、きっとダメになると思う。……だから、マリウスさんがしっかりお姉ちゃんを支えてあげて」


 ニノンは普段開かない目を開いて、こちらに向けてくる。

 もちろん見えていないはずだが、その目が自分に何を伝えたいかは痛いほど伝わってきた。


「……ああ、この命に替えても」


 ニノンはメラニーを弱いと言ったが、俺はニノンを強いと言わざるを得ない。

 自分のことよりも姉を思う、そのニノンの気持ちに必ず応えてみせる。


「命懸けられても困るんだけど。命投げるのはあたしだからね」


 ふふっと、ニノンは冗談っぽく笑ってみせた。

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