マリウスパート

第8話

 我が父ロベールは花嫁の儀が終わるまで、ルーベに滞在することになった。

 事故を起こした責任は思ったよりも大きいのだろう。現場に赴き、ルーベ砦の築城、事故の後処理などの指揮監督に当たっている。


「不憫なことだな」


 工事の様子を眺めていると、前触れもなく、父がつぶやいた。

 

「何についてでしょうか?」

「モーリア家のことだ。戦争、事故、そして花嫁の儀だ。泣き面に蜂とはこのことだ」


 おおっぴらには言わないが、父もモーリアから人柱を出すことは可哀想に思っているようだった。

 国王の忠実な臣下ではあるが、クレマンとは付き合いも長く、情があるに違いない。


「それもこれも、すべてカリファが悪い。奴らがドラランド領に攻め込んでこなければ、こんなことにはならなかったのだ」


 父は苦虫をかみつぶしたような顔をする。

 父の言う通りではあるが、戦争にいい悪いがあるのだろうか。

 戦争は長く続いていて、どちらが先に攻めた、どちらに原因があったというのはわからなくなっている。それにこちらがカリファ領を占領していた時期もある。


「だが愚痴ばかり言っておっても仕方あるまい。起きたことは受け止め、いかに下をねぎらうかが我らの役目だ」

「左様にございます」


 父はベーシリスの領主。その下で俺はルーベの代官をやっている。

 統治者は国家のために決断を下し、民に負担を強いるのが仕事だ。

 けれど一方的に押しつけるのでは政治は成り立たない。無理をさせた分は別の形で補わないといけない。

 よく飴と鞭と言われるものだ。人の上に立ち、いい思いをする一方で、民に恨まれ、親しまれるのが統治者の責任であり、そのバランスを保つのが統治者の技量である。

 父は優秀な統治者だが、時に人の情を見せることがある。

 俺はそういう父が好きだった。厳しさもあるが、民に対して優しさを見せる。それこそ統治者のあるべき姿。俺の目標だ。

 そう思うと、言わずにはいられなかったことがあった。

 正直、言うべきではないのだが……。


「あ、あの……父上……」

「何だ?」

「花嫁の件ですが、どうにかならないでしょうか……」


 父は目を丸くする。


「何を言い出すかと思えば……」


 主君であるロベールが決定し、命令を下したのだ。そもそもこれはさらに上位である国王の案件。それに異見するのは臣下の道に反する。


「それがどういうことかわかっておろうな」

「はっ……。しかし、人柱を出したところで効果があるとは思えぬのです。築城の工法や工程を見直し、事故の再発を防ぐことこそ、我らのすべきことかと」


 遠回しに言う。

 公の人間として、ニノンが可哀想だからやめてくれ、とは言えなかった。


「お前の気持ちはわからんでもないが、もはや変えられぬことだ」

「はっ……。出過ぎたことを申しました。どうかお許しください……」


 本来なら強く叱責されても仕方ないことだ。

 しかし父は配慮してくれた。


「いや、私も考えていたことだ。……むしろ、お前から言い出してくれて嬉しくも思う」

「はあ」

「自分の娘に犠牲になれと命じたクレマンの心は見事なものだ。私が同じ立場ならばどうしたものか……」


 父はしゃがみ込み、野に生えた花を一つ摘み取る。


「クレマンは花を失うことになる。不憫なことだな」

「はい」


 父は初めと同じ言葉を繰り返し、今度の俺は確信を持って応える。


「私はクレマンに報いたい。クレマンの花は二つあったというが、その一つをお前がもらい受けてはどうか?」

「はい?」

「お前がモーリアに入れ。メラニーの婿となってやれ」

「……!?」

「あの娘とは昔なじみで、よく会っておるのだろう?」

「は、はあ、そうですが……」


 自分に対して興味を持ってないと思っていた父が、あまりに私的なことを把握していたので、思わず赤面してしまう。


「ではちょうどよかろう。クレマンを、ルーベを安心させてやれ」


 父は俺にメラニーと結婚しろと言っている。

 それは父の騎士として、人として、できる限りの気遣いだった。

 クレマンの失意に対して、モーリアへ配慮を求めた俺への。


「はっ! 喜んでお受けいたします」


 モーリアを救いたいならば自ら救ってみせよ、ということだ。

 主君がそこまで臣下に気を使ったのだ。その命令に従わないことこそ、騎士の道に反する。

 自分の意志など関係なかった。

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