第6話

「なんでニノンが人柱にならなきゃいけないの!!」


 私は執務室にいる父に怒鳴りつけた。


「人柱なんて立てても事故がなくなるわけじゃないでしょ!! 工事を急いでたからで事故が起きたわけで、ちゃんとやってれば大丈夫だったはず!」


 事故の原因は遅れた分を取り戻すために、安全確認を怠り、無理な行程で行ったからなのは明らかだった。

 でも、表向きには神の怒りに触れた、ということになっている。

 父は書類に目を向けたままで、何も答えなかった。


「無視しないで!」


 書類を奪い取ると、さすがに父はこちらを向いた。


「返せ」


 不快そうに言う。

 本当は怒りのまま強引に奪い返すつもりだったのかもしれないけど、そこは押さえてくれたような感じだった。


「返さない!」

「やめろ」

「やめない!」


 父がにわかに腕を振り上げる。


「ひっ!?」


 私は反射的に手で顔をかばう。

 だけど、その腕は静かに下ろされた。

 父は大きく深くため息をついて口を開く。


「どうにもならんのだ……」


 その言葉には父の感情のすべて籠もっているような気がした。


「人柱はお上のご命令だ。我々に拒否することはできない……」

「そうかもしれないけど、ニノンにすることないじゃない!」


 村民の誰を人柱にするかは村長の権限。

 ニノンを指名したのは父だ。

 自分の娘を犠牲するなんてあり得ない。


「わしだって好きでしたわけではない……。どうしようもならんかったのだ……」

「村長なんだから、なんだってできるでしょ!」

「では誰を犠牲にせよと言うのだ!!」


 父は突然大声になった。


「いずれの娘も、ご両親が大切に育ててきた子だ! 誰だってうちの子を人柱にしたくないだろう! わしは皆の生まれたころから知っている。そこから選べなど……」


 父はそこで顔を伏せる。

 しばらくして、目元を手で拭ってから続けた。


「わしはこれまで多くの若者を兵として送り出し、多くの者を死なせてきた。今度は労役のために5人を失った。これ以上、村の皆に何を負担させよというのか……」

「お父さん……」


 父が悲しむ顔は初めて見た気がする。

 当然、生まれたころから父の顔を見てきたわけだけど、プライベートの優しい顔、仕事中の厳しい顔ばかりだった。ネガティブの感情を帯びた顔は見たことがなかった。

 考えてみれば、妹でなければ誰を人質にすればいいんだろう。

 父は人柱を選ぶ立場にあるけど、自分の娘にしないなら、それよりふさわしい誰かを選ばないといけない。その決断が苦渋に満ちたものだということは、このときようやくわかった。

 父は権限を乱用して自分の家だけ助かる、という判断をしなかったんだ。


「ごめんなさい……」


 何を返していいのか考えはまとまらなかったけど、その言葉をなんとか振り絞って出した。


「行け……」


 父も他に話せることがなかったんだと思う。

 私は頭を下げて執務室をあとにした。

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