第5話
目覚めたら自分の部屋だった。
そばには妹のニノンがいて、私の手を握ってくれていた。
「ニノン……」
そこでどうして自分がここに寝ているのか思い出す。
父がニノンを人柱にすることを認めたのが、あまりにショックだったんだ。
「お姉ちゃん、目が覚めたのね!」
ニノンが手を強く握ってくる。
「突然倒れたって聞いてあたし……」
「ああ、うん……。でも、もう大丈夫」
体に異常があるわけじゃない。
そんな自分のことより、ニノンのほうが気がかりだった。
人柱の話は聞いてしまったんだろうか……?
「よかったー! お姉ちゃん、いつも無茶するから、何かあったんじゃないかって!」
ニノンは無邪気に喜んでみせる。
それは普段と変わらない屈託のない笑顔だ。
どうやら私が過労で倒れたと思っているみたい。この一週間、寝る暇を惜しんで、事故現場に足を運んで救難活動をしていたことをニノンに話していた。
「そ、そうね。無茶しすぎたかも」
私は話を合わせる。
人柱の話を知らないならそれがいい。
そこでドアがノックされた。
「どうぞ」
と返すとドアが開き、マリウスが入ってきた。
寝巻き姿なのでちょっと恥ずかしい。
「調子はどうだ?」
「うん、平気」
「そうか」
そっけない会話。
でも、わざわざお見舞いに来てくれる律儀さはマリウスらしくて、それがとても嬉しい。
「あっ、あたしお邪魔かな?」
ニノンが立ち上がる。
「別にいいよ」
「構わない」
私とマリウスは同時に否定する。
「そう? 邪魔になりそうなら言ってね」
ニノンはふふっと笑い、再び椅子に座る。
三人で幼いころから一緒に遊んでいたこともあり、ニノンは私とマリウスの微妙な関係に気付いている。
「それでメラニー、起き抜けで悪いのだが、人ばし……」
私はとっさに起き上がってマリウスの口をふさぐ。
「ちょっと!」
マリウスは不服そうだったが、こんなところで人柱の話をするのはおかしい。
「お姉ちゃん、もう知っているよ」
「え?」
「あたしが神様の花嫁に選ばれたんでしょ? すごいよねー! あたしなんかでいいのかなー!」
ニノンは満面の笑みで言った。
私はそれに対してどう反応していいかわからなかった。
人柱が命を神様に捧げることだと知らないんだろうか。
それとも、それをわかった上でその名誉を喜んでみせてるんだろうか。
「ああ、すごいことだ」
マリウスが言う。
すごくなんかない、と返してやりたかったけど、建前的には選ばれたのはいいことで、それを褒めてやらないといけない。
マリウスも本当にいいとは思っていないはず。でもあえて「すごい」と言ったんだ。
私も姉として妹の名誉を喜んであげないといけない。
でも言えなかった。
「お姉ちゃんは喜んでくれないの?」
額にしわを寄せている悩んでいるところはニノンは見えてないはずだけど、私がどう考えているかは伝わってしまっているようだ。
「ああ、うん……。すごいんじゃない?」
それを言うのが精一杯だった。
「よかったー。一世一代の大仕事。みんなのためにやり遂げなくっちゃ!」
ニノンが人柱になって嬉しいか嬉しくないか。そんなの言うまでもない。
ニノンは喜んでみせるけど、私は絶対に喜べなかった。
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