第4話
マリウスがどんな発言をするのか気になって、私は会議室のドアに耳をくっつけて、盗み聞きすることにした。
会議は私の父であるクレマンが司会進行役を務め、この場で一番偉いロベールが国王の命令を伝える形だった。
「カリファの侵攻が強まる中、我々ドラランドにとって、ルーベ砦の建造は急務であり、必ず成し遂げねばならない。そこで国王陛下がおっしゃられた。人柱を立て築城を完遂せよと」
これまで静寂だった会議室がざわついた。
「人柱……?」
私も思わず口の中でつぶやいてしまう。
人柱とは工事の完成を祈って、神に生け贄を備えること。生け贄になるのはもちろん人間。人の命を神に捧げるんだ。
具体的に客観的に言うと、箱に入れた人を城や砦の地面に埋める。
「そこで皆には神の花嫁にふさわしい者を選び、神の怒りを鎮めることで、必ずやルーベ砦を造り上げてもらいたい」
とロベールは続けた。
人柱は花嫁とも呼ばれる。
神に捧げる行為は、人を神に嫁入りさせることとされ、人柱となった人は花嫁衣装をすることになっている。
「あの……。お、恐れながら……。人柱はルーベから出すべきなのでしょうか……?」
恐る恐る蚊が鳴くような声で発言したのは、私の父だった。
築城工事はルーベ以外の村からも大勢の人が集められている。ルーベ村が一番近いからこうして会議が行われ、村役人が参加しているけど、工事に加わっている人数は他の村より遙かに少なかった。
それだけルーベの村は小さい。
「いかにも。土地神はよそ者の人柱を好まぬ。十年前、ヘルベル城を造った際には、他の村から人柱を立てたがその怒りは収まらなかったという。改めてヘルベルから人柱を立てることで安定し、無事城を造り上げることができたのだ」
「はい……」
父の頭を抱える様子が目に浮かぶようだった。
ロベールの言うことは理にかなっているかもしれないけど、この村から出すのは気が進まない。
事故で5人もなくなっているのに、その上、人柱を出さないといけないなんてひどすぎる。
「土地神は若き女を求められる。クレマン、村によき女はおるか?」
「はあ……」
人柱には10代の生娘がいいって言われている。
神がそういう花嫁を求めているというのは、すごく人間っぽく、俗っぽいけれど、昔からそう決まっているんだから仕方ない。
それに該当するのは、私を含めて10人ほどいる。
急に胸が早鐘のように打ち始める。
「誰……誰にするの……」
自分が選ばれたらどうしよう、誰だってそう思うはず。
人柱に選ばれる。それはつまり死だ。
一応、神の花嫁に選ばれるということになっているけど、死と一緒に得られる名誉に過ぎなかった。
私は聞き逃さないように耳をぴったりドアに押しつける。
心臓の音がドア越しに向こうに聞こえてしまうんじゃないかと、不安にもなってくる。
だけど、父は沈黙したまま名前を挙げなかった。
「恐れながら!」
ロベールの問いに対して沈黙は失礼、なんとかしようと思ったのか、年のいった村役人がわざと大声で発言する。
「モーリア家は祭祀を司る家柄。モーリア家より人柱を出せば、土地神にも喜んでいただけるかと!」
目が、喉が、心臓が飛び出るかと思った。
モーリアは私の名字だったからだ。
ベーシリス地方に住まう土地神メレディスを祀り、祭祀を行っているのが、私たちモーリア家。それもあって代々、ルーベの村長を任されている。
「モーリアには二人の美しい娘がおります。そのどちらかを選ばれてはいかがでしょう!」
何を言ってんだ、こいつ!!
生きててこれ以上の驚きと怒りを感じたことがない。
それは父も同じだと思う。
「ほう。どちらがよいか?」
ロベールに問われ、村役人は続けて発言する。
「無論、姉のメラニーは美しくて健康的で、村中の……。あっ……。いえ、何でもございません……」
その村役員は言ってはまずいことを言ってしまったのか、そこで言うのをやめてしまう。
そして代わりに他の村役人が答えた。
「姉のほうはろくでないアバズレとして有名です! 対照的に、妹のほうは女性らしくお淑やか、気立てもよくて、メレディス神の花嫁にふさわしいと思われます!」
いろんな感情が渦巻き、頭に血が一気に登っていくのが自分でもわかった。
ドアを蹴飛ばして会議に乱入しようかと思い、あとちょっとのことで堪えた。
役人会議は神聖なもので、役人でもないただの女が入ったら大変なことになってしまう。
父の威厳を守るためにも、ここは父に任せるしかなかった。
「それはよいですな!」
「賛成!」
「私も賛成します!」
「メレディス神も喜ばれるかと!」
村役人たちは間髪入れずに次々に賛成を叫んだ。
彼らはなぜ自分ではなく妹を推すか?
それは決して口には出さないけど、妹を知っている人ならばわかりきっていることだった。
妹は生まれつき目が見えないから。
彼らは犠牲になって死ぬのなら、私より妹のほうがいいと思い、私のほうがダメな人間だと言い張って、妹のほうがふさわしいと主張したんだ。
「なんでニノンが人柱なんかに……」
怒りで体が自然と震える。
握った拳が血が出そうなほどに痛い。
「ふむ……皆、同じ意見か。クレマン、どうか?」
ロベールが父に問う。
「拒否して拒否して拒否して……」
私は口の中で呪文のように唱えた。
父は少し沈黙したあとに答えた。
「ニノンは私にはもったいない、素晴らしき娘にございます。……他に適任はおりますまい」
急に力がに抜け、私はその場に崩れ落ちてしまった。
父が人柱として妹を選んだ。父が妹を犠牲にしていいと認めた。父が私を生かし、妹を殺すと判断した。
この事実に、頭が真っ白になり、体の感覚がすべて吹っ飛んでしまった。
今、自分がどこにいるのか、呼吸しているのかもわからない。
そのとき、ドアが開いた。
「おい!!」
マリウスだと思う。
真っ白になった視界は、ちゃんとものを捉えてくれない。
おそらくマリウスは、私が地面に倒れこんだ音を聞きつけて、見に来てくれたんだ。
私が記憶しているのはそこまで。
意識はそこで途絶えた。
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