第7話 スイス7日目 スイスよさらば
トラベル小説
朝6時にテラスに出ると、朝陽がきれいだった。ブライトホルンとクラインマッターホルンが光り輝いている。それにホテル近くの丘にある十字架が金色に輝いている。昨日見た時は、茶色の十字架だったのに・・神の光か。
その景色に誘われて、ホテルの外に出てみた。しゃれたホテルやレストランが並んでいるが、ドイツ語だらけだ。クルマできた人たちが泊まる町なので、ドイツ語圏の人が多いのだろう。
朝冷えしてきたので、ホテルにもどろうとしたら、ドアがあかない。中からは開いたが外からはカードキーがないと開かないようだ。スタッフを探したが、フロントにもレストランにも人の気配がない。7時半の朝食タイムにならないとスタッフがやってこないホテルみたいだ。
しかたなくホテルの隣の観光案内所の掲示物を見ていると、
「あなたー何してるの?」
と日本語が聞こえてきた。妻の声だ。3階のテラスからこちらを見ている。妻が女神に見えた。
「カードキーがないと入れないようだ。カードキーを持って降りてきてくれ」
と頼むと、笑いながら迎えにきてくれた。
「旅はトラブルね」
と得意のセリフを言っていた。後で自分にかえってくるのに・・・。
朝食会場は静かだった。5組ほどの客がいるだけ。クロワッサンはおいしかった。スイス最終日の朝食としては満足すべきものだった。
9時にチェックアウトをした。2泊で6万円。食事つきでこの値段ならリーズナブルである。時間に余裕があるので、峠越えをしようと思っていたが、雲行きがあやしくなってきた。前方は厚い雲におおわれている。峠はきっと雨か霧の中だと思い、帰りもカートレインに乗ることにした。
カートレインを下りて、ナビにチューリッヒ空港をインプットした。このころにはドイツ語のナビのガイドにも慣れてきた。右折(rechts)と左折(Links abbiegen )を聞き分けられるようになった。走り出すと、ナビは左折を指示した。方向的には右折と思ったが、ナビの指示に従うことにした。
しばらく走るとBERNの表示が出てきた。やはり西に向かっている。私の頭の中では東に行くはずだったが、今さらUターンしても意味はないのでナビにしたがい、制限速度の120kmを維持した。後で調べたら高速道路を使うとナビのいうとおり、私が思い描いていたコースは一般路のコースだった。
スイスの高速道路は有料だが、年間定額制なので、入国の際に支払うと後は走り放題だ。レンタカーはすでに支払っているので、料金を気にせず走ることができる。隣のF国は料金所がところどころにあり、そのたびに料金を支払わなくてはならない。スイスは観光立国だから、外国人にやさしい国なのだろう。物価は高いが・・。
昼過ぎにはチューリッヒに入った。サービスエリアで軽い食事をとり、飛行機の時間までどう過ごすか考えた。4時間の余裕がある。そこで空港近くのKyburg城に行くことにした。30分も走らずに村の入り口の駐車場についた。そこから500mほど歩かなければならない。でも、妻は喜んで歩き始めた。道ぞいの家々が花で飾られているからだ。白・赤・青・黄・紫さまざまな色の花が咲き誇っている。見たこともないような花もあった。妻はそのたびに足を止め、カメラを構えている。あまりにも歩みが遅いので、
「先に行っているよ。お城まで一本道だから迷うことないと思うから後でおいでよ」
と言い残して、先に進んだ。お城の入り口まで行くと、案内板があり、一度入ると1時間以上かかるということが英語で書いてあった。入ったらぎりぎりの時間か・・。
それに妻がまだ来ていない。しばらく待ったが妻がこないので、来た道をもどることにした。ところが、妻と出会わなかった。おかしいと思いながら、クルマまでもどってきた。
(妻が行方不明? パスポートは持っているけれど、現金は少ないはずだし、航空券は私が持っている。誘拐されていたらどうしよう?)
60近いおばさんを誘拐する人もいないだろうが、いろいろなことが頭の中をかけめぐった。雨はだんだん強くなってきている。
とりあえず、クルマでお城まで行くことにした。駐車場はないが、通行する分には問題ない。それでも妻は見つからない。いよいよ行方不明か? クルマをUターンさせてまた駐車場にもどる。それでも見つからない。警察に届けようかと思い、近くの町に行こうとしたら、城に行く道ではない車道に見慣れた傘があった。妻は駐車場にもどる時に左折しないで右折したのだ。いつも私の後ばかり歩いているので、自分で道を覚えることがない。それに極度の方向音痴なのだ。
妻の脇にクルマを停めた。妻は私を見るなり、涙を流し始めた。何かを言っているが、言葉にならない。後でよく聞いたら、
「お城まで行ったら、あなたがいないんだもの。ぷんぷんして歩いていたら、なんか景色の違う道に来てしまって、だんだん暗くなるし・・すごく心細かった」
と言っていたらしい。よくよく聞いてみると、お城に着いた時に、ちょうど団体さんといっしょに歩いていたらしく、私はそれで見過ごしたらしい。妻も花の撮影に夢中で私に気づかなかったらしい。
「旅はトラブルだね」
「たびたびは困るね」
の会話でしめくくり。何はともあれ会えてよかった。
フライト2時間前に空港到着。レンタカーを無傷で返却。スタッフから
「No problem . 」(問題なし)
と言われたので、
「Good car 」(いいクルマ)
と返したら、ニコッとしてくれた。
余裕があるので、カフェでアイスコーヒーを飲んだ。30数年前にはアイスコーヒーはなかったのだが、今ではメジャーになった。日本人が広めたのだと思う。
6時のフライトの予定が悪天候の影響で30分遅れた。乗り換えのブリュッセルまで1時間。9時半のフライトぎりぎりになるかもしれない。雨の中離陸。スイスの景色を見たかったが、ダメだった。ベルギーに駐在でいた時、イタリアへ飛んだらスイスアルプスがきれいに見えた。緑の中に白い山々が見えた。ああいう景色を見たかった。
ブリュッセルも雨。8時半に出国審査を抜け、出発ロビーに着いたら搭乗が始まっていた。ぎりぎりセーフだ。日系のA航空なのでCAさんは日本人が多い。ここからは日本と同じだ。3人席の隣が空いていたので、CAさんに聞くと、ヨーロッパ中が悪天候で乗り換えが間に合わないお客さんが出たとのこと。その人には悪いが、3人分を2人で使うことができた。
窓から見ると、ザベンテムの見慣れた景色が見えた。駐在時、何度も走った高速道路だ。ベルギーの高速道路にはオレンジ色の街路灯が点いており、夜景がすごくきれいだ。初めてベルギーに来た時は感激ものだった。
15:40 成田空港着。日本は晴れていた。途中、東北上空を横切る航路で、下にふるさとの山、蔵王が見えた。下から飛行機雲を見ていると、太平洋に向かってとんでいくラインが見えるのは、この航路をとっている飛行機というのがわかった。
「トラベルはトラブル」
「でもたびたびは困るわね」
の会話は最後はなかった。終わりよければすべてよしであるが、その妻は一人で旅立った。
あとがき
スイスには、1987年の3月、1988年の8月、2019年の6月の3回訪れている。今回の小説は、3度目の旅の経験をもとに書いている。もう一度外国に行けるとしたら、9月のスイスに行ってみたいと思う。なぜ9月なのかというと7~8月はバカンス客が多くて、人がやたら多いし、ホテル代も高くなるからである。それにハイキングするには雪が降る前のこの季節が一番いいかもしれない。それでも寒いのでダウンジャケットは必須である。ピンボケでない逆さマッターホルンも見てみたいものである。旅は計画している段階が一番楽しい。ぜひ、皆さんにも旅にでてほしい。なお、トラベル小説はこれで第5弾となった。時系列では「韓国グルメ旅」「ドイツを旅して」「南フランスを旅して」の旅してシリーズの1番目が今回の小説となる。シリーズではないが、「欧州の旅の果て」というトラベル小説も読んでいただければと思う。次回作は「韓国城めぐり旅」を執筆しようと思っている。お城好きの方に読んでほしい。 飛鳥 竜二
スイスを旅して 飛鳥 竜二 @taryuji
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