失恋

消しゴム

1話

「朗報朗報!ねぇ、私一昨日から彼氏出来たの。盛大に祝ってよね!」


 そう言って目の前に座る悪友から開口一番に飛び出してきたのは、彼女にとっての朗報ではあるものの、私にとっての予期せぬ死の宣告だった。

 話があるからと呼び出され、滅多にない彼女側からの呼び出しに少しばかり胸を弾ませながら訪れた学内のカフェにて、今年一番のbad newsを浴びせられた俺は、混乱する頭のまま「ハァ?!」と応じる。人間ってパニクるとこんなにも言葉が出てこなくなるんだな...と妙に俯瞰的な思考で自分を見つめながらも、続けざまに


「で、誰と?どっちからいったの?てか、いつからそうだったの?こないだまで今は彼氏はいいかなとか言ってなかったのになんで?」


 と、ギリギリひねりだした5w1hを彼女にぶつける。


「まぁまぁがっつくなってw カレはバ先の後輩で、告白は向こうから。なんかちょっと前に誘われて2人で水族館行ってきたんだけど、その帰り道に『付き合ってください』って言われてさ。流石に急だったから『ちょっと考える時間ちょうだい』ってその場では答えちゃったんだけど、よくよく考えてみたら私を好きになるような物好きなんて滅多にいないだろうし、一昨日のシフト終わったあとOKの返事しちゃったw」


 そう言って、彼女はまさにその“物好き”を前に見事に浮かれ散らかした台詞を吐いた。彼女が続けた彼氏くんの話をBGM代わりに、お前が「彼氏要らんしw」みたいなことを言うから俺は"講義終わりにマリカやスマブラをするような2人だけの時間"を大切に作り上げ、壊さないように気を使っていたというのに当のお前自身がお前自身の意志でそこからいなくなるのかよとか、この報告によってお前は俺がどうすることを期待してるんだとか、彼氏となった奴よりも先に俺が告ってたらどうなってたんだとか、そういった彼女への当てつけじみたクエスチョンが途切れることなく脳内に浮かんでは、口に出すことなく消えてゆく。恨みがましい感情とは対照的に、惚気的現況報告を遮るべく次に俺の口を衝いて出たのは、


「じゃあもうあんまり遊べねーなあ、後輩くんにも悪いし」


 という言葉だった。「後輩くん」という、彼氏であることを認めていないような言い方を暗にしてしまったことに気付きつつ、まるでこれからも続くことを疑うことさえしなかった2人の時間を惜しむような返事をしてしまったことの方が問題であることを自覚させられ、二重の自己嫌悪に陥る。そんな俺に追い打ちをかけるように、


「いや、なんかカレもお前に会ってみたいとか言ってんのよ、だからまぁ今週末にでも時間作ってくんね?笑 今日は報告もしたかったんだけど、話ってのはそれもあってさ。流石にLINΣで約束つけるのも悪ぃし。」


 などと彼女はのたまった。俺はお前の後輩(彼氏)くんの話を今ここで初めて聞いたんだけど後輩くんには俺の話をできるくせに俺には後輩くんのことを1ミリも教えてくれなかったのか、ていうかそんな気遣いができるくらいなら今お前の目の前でショックを受けてる俺にも気付いてくれ、と不均衡な彼女⇔俺の関係性と、気遣いが出来る彼女への好意を改めて自覚させられ、頭がぐちゃぐちゃでもう本当にうんざりだった。今すぐにでもその場を離れたい気持ちから、


「今週末は予定あるからまた今度な。まったく、今日はこれからレポート書かなきゃいけないのに来てやったたことに感謝しろよw んじゃ、彼氏くんにもよろしく。」


 と嘘にまみれた返事を返して会話を切り上げ、会計はお祝いも兼ねて俺が出すから、と報告会をお開きにする。そそくさと逃げるようにその場を離れ、滅多に飲まない酒をコンビニで買い込み、帰宅次第浴びるように飲んで順当に酔い潰れた俺を正気に戻したのは、翌朝眠気覚まし&酔い覚ましのためにつけたTVに映る昨晩起きたアパート火災の報せにて犠牲者の1人として伝えられる彼女の名前であった。

 二日酔いと、あまりにも急で受け容れがたい彼女の死という現実によってぼーっとする頭で、既に買い込んだ酒を飲みきってしまったことを後悔しつつ、もう二度とは来ない彼女との「また今度」に思いを馳せながら、たった1日で年イチレベルのbad newsが更新されることがあんのかよ...と妙に冷静になりつつある頭で現実逃避にふけるしかない俺は、頭までかぶった布団の中で独り放心するのだった。(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

失恋 消しゴム @ke456monkey

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ