第2話
僕は今回のお見合は特に反対だった。お互いの家が僕と美濃あすみの関係を世間にアピールする。その狙いがあからさまだったから。上手く結婚にことが運んだとしても、後継ぎはいらない。そこまで計算済み。
だから――気に食わない。
加えてお互いに学生であるということ以上の理由がある。だって――僕らは……。
「そういえば、大学ではどのようなことを学ばれているのですか?」
彼女はケーキを食べながら聞いてきた。僕は口に含んでいたケーキをコーヒーで食道に押し込んで答える。
「内燃機関……。つまりはエンジンですね。エンジンにもいろいろ、ありますが、ガソリンエンジンなどを僕は研究することになっています」
「未来形なことに、理由はあるのですか?」
僕自身のことについて、本格的に聞いてきた。おかげで、真っ当なお見合いみたいな雰囲気が出てきた。
「先週の……9月の終わりにようやく研究室が決まったんです。なので、まだ研究をはじめてはいません。でも、来年の4月からは……おそらくガソリンエンジンなどの研究をすることになると思います」
「おそらく?」
「いえ、ディーゼルエンジンの研究の可能性もあるし、燃料の研究をする可能性もありますので」
納得した表情で彼女は、
「好きなのですか?」
と言った。
「そうです。自動車が好きなので」
「失礼ですけど、そうは見えませんでしたから」
「よく言われます。仕方ないとは思いますが…」
僕が理系の大学にいることに驚く人は多いのだ。そう思われても仕方がないことなのだけれど。
「エンジンの研究って……まだしているのですね」
彼女はそう言った。
「電気自動車の時代が来てしまうんじゃないかって――私そう思っていたので……。私達の事業もそれに傾いています」
自分の家のことを気にするあたり、この人が大人にならなくてはならなかった理由がみて取れた。
「そういう波は――確実に来ていますね」
「私も……そう、SDGsについて学校で調べたので、そのついでに、電気自動車、EVについてもまとめたことがあります」
「へぇ……学校ではそんなことをされているのですね」
「えぇ。その内容をポスターで発表したくらいです。SDGsについてまとめて――特に、私は自動車の温室効果ガスの話をしました」
なるほど、詳しいわけだ。
「けれど、エンジンもまだまだ使われるんじゃないか、と言うのが僕の意見です。なぜなら……。いえ、やめましょう」
僕は話すのをやめた。
「なぜですか?」
と、彼女が聞いてきた。
「お互いのことを知るチャンスなのになぜですか?」
そう思われても仕方がない。
「いえ――このままいくと会話の中心が僕や貴女ではなく、エンジンになってしまいます。それではお見合いでは、なくなってしまいます」
彼女は目を丸くして、
「そんなことを気にしていたのですね。でも、そんなものは無用です」
彼女はきっぱりとそう言った。そして――続ける。
「潤さんがどのようなことを考えているのか、なにが好きなのか知ることは、ムダではないと思います。むしろ、こういうときに、隠しごとをしてしまう方が、フェアではありません。そうではなくって?」
「……ええ。貴女の方が正しい」
その後、僕はエンジンの話をした。例えるなら、アクセル全開で。それでも彼女は僕の話を聞いてくれた。僕も彼女の話を聞いた。
そうしていくうちに、僕は――本気で彼女が気に入った。もっとも、それはおしゃべりの相手としてであって、婚約者ではない。彼女にはもっと、いい人がいるだろう。
カフェから出ると、まだ9月だというのに、少し肌寒くなっていた。今年の夏はその姿を完全に消したのだ。僕はジャケットを着ていたが、彼女は半袖のブラウスだけだ。
「寒くないのですか?」
「そんなに気になりません……。でも……」
「でも?」
意外なことに、彼女は僕に抱きついてきた。僕の胸のあたりに顔をぐっと押し込む。彼女の持つ熱が僕にも伝わってきた。
「ありがとう……ございます。今まで、私もいっぱいいっぱいだったので」
そうか――彼女が大人ぶるのも、辛かったのか。
僕がその助けになったのなら、今日のこの時間は無駄じゃなかった。
「その、どういたしまして……」
顔を上げる彼女。まだ、両手は僕の背中で組んでいる。
「この後の話なんですけれど。その……また、会ってくれますか?私、潤さんのことが気に入りました」
「それって――結婚を前提に…ですか?それとも……」
「もちろん、結婚を前提にです」
そう言われて、僕は困ってしまう。
「僕はお見合には反対なんですよ。お互いの家のために結婚なんて、冗談じゃない。それに、政治の道具として貴女を見ることは――できない」
彼女は首を横に振った。
「いえ。会社や、私の家のことは抜きにして――私は潤さんがいいと言っているのです」
「それに、今すぐにって言われても、困ります。僕にも考える時間が欲しい」
「ええ、まずは――お友達からはじめるというのは、どうですか……?」
「いいですね」
そう言う彼女は少し落ち込んで見えた。
彼女はSNSをやっていない。なので、お互いのメールアドレスと番号を交換する。
「これで、いつでも連絡が取れますね」
少し寂しそうに彼女は言った。だから、あまり考えもせず、反射的に僕は彼女に提案する。
「次は――美味しいスイーツを巡りに行きませんか?奢りますよ」
彼女の目に光が戻って
「まぁ、ステキ。約束ですよ?」
と答えた。
この時の彼女の笑顔は純粋な子供のようで、さっきまでの大人ぶった痛々しさは消えている。僕にはそれが救いだった。
僕らのなれそめの話は――以上だ。
ちなみに、そのときの彼女は――小学6年生だった。
僕らが結婚したのはそれから10年後のことだ。彼女――美濃あすみは、西辻あすみとして僕の妻となった。
ちなみに、西辻家にとっても、美濃家にとっても、初めて同性の恋人と結婚したのは僕らだったりする。
僕と彼女がはじめて出会ったお見合の話 愛内那由多 @gafeg
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