僕と彼女がはじめて出会ったお見合の話
愛内那由多
第1話
これは僕と
僕の家はかなりの実業家あるいは、財閥の生き残り。だから、学生の僕にもお見合いの話が回ってくる。時代錯誤と言えばそうだ。それでも、雑に対応してはいけない。相手もそれ相応の家なのだから。
はっきりいって面倒くさい。しかし、それ以上に、今回のお見合には心底うんざりしている。
なにせ――学生同士なのだから。
両家の政治の駒として扱われるのは――気に食わない。だから、破談にならないかな、と期待している。
「初めまして」
と僕は言った。少しぶっきらぼうに、だ。
両親に言われたカフェに時間通りに行って、スマホに入ったお見合い写真と同じ顔の人物の目の前に座る。
「
相手の女性はにっこりと、微笑みながら僕に、
「初めまして、私は美濃あすみです」
と上品に答えた。僕の家よりも彼女の家の方が大きい。それが――たった一言で理解できた。彼女の方が僕よりも年下なのに、受け答えがしっかりとしている。
それが僕を苛立たせる。学生の身分なのに、お見合というものに不満がない。そんなの、受け入れていいわけがない。
けれど――彼女は受け入れている。
それに――僕は納得いかない。
「思っていたよりも、背の高い方でびっくりしました。モデルみたいです」
「ええ、長身、華奢、小顔は僕の自慢です」
僕は席についた。
「なにか――注文しましょうか?」
「なら――アメリカンコーヒーがいいです」
「他には?」
「ならレアチーズケーキを」
「甘いものがお好きなのですか?」
「ええ。甘いものに目がないんです。趣味はスイーツ巡りだったりします……」
「奇遇ですね。私もスイーツに目がないんです」
「そうですか……。……今度の休日に一緒にお供しましょうか?」
「社交辞令ですか?」
「いえ……本音です。自分は――あまり嘘はつきません。それを信条としていますので……」
「あら――紳士ですね」
多分、皮肉を言われてる。
「僕は紳士ではありませんよ。見ての通り違いますよ……」
口ごもっていると、
「試しただけです。どのくらいで怒る人なのか」
そのくらいじゃ怒らない。試していると少し分かっていたからだけど。
「それにしても、僕……ですか……」
と彼女は言う。
「あっと……悪い癖です……。忘れてください」
彼女は少し微笑む。少し険悪だったムードがほんの少しだけ和らいだ。
「いえ……。お見合いの場ですから。やりやすいようにするのが、1番です。等身大の人物像を見せればいいのです」
本当に大人みたいだった。僕よりも年下なのに。けれども――だからこそ余計に彼女を見ると痛々しく感じる。
「いいですね――スイーツ巡り。今度行きましょうか」
彼女は柔らかく言った。
「今後、半導体市場は伸びると思いますか?」
また、彼女が大人ぶって質問をしてきた。自分の家業に関係する質問なんだろう。
「おそらく、そうではないですかね。世界的に半導体不足です。スマートフォンなんかの電子機器には絶対に必要です」
「今度、同性婚が法律的に可能になりますが――どうお思いますか?」
「まだ、なんとも言えません。関係があるかは、なんと言うか――わかりません」
「来月には野球のクライマックスシリーズがはじまりますね」
「スポーツはあまり興味がありません」
そんな受け答えをしていると、ウェイトレスがいくつものコップやお皿をトレイに乗せて歩いてくる。そして、僕らの席の前に止まった。
「お待たせしました。アメリカンコーヒーとオレンジジュースです」
僕の前にはアメリカンコーヒーを、彼女の前にはオレンジジュースを置く。
「レアチーズケーキとショートケーキです」
ウェイトレスは続けて、ケーキをテーブルに置いた。
彼女はコップにストローを挿して、オレンジジュースを口に含んだ。僕もアメリカンコーヒーを飲む。
「ゴッホ……」
ブラックで飲んだのがいけなかった。いろいろと考え過ぎて、ぼーとしていたせいだ。
「大丈夫ですか……?」
「ええ…。平気です。ほんとうは、ブラックじゃ飲めないんです……。いいところを見せようとして……。ダメですね。慣れないことをするのは」
それとなく冗談で誤魔化した。彼女はクスクスっと笑う。
「そんなこと言ったら、私はオレンジジュースです。かっこなんてもっとついてない」
「確かにそうですね……。あっ……いや……オレンジジュースがいけないってわけじゃなくて…ですね……。似合ってますよ…」
「それって――嫌味ですか?」
「いえ……。ごめんなさい」
「分かっています。悪気はないのでしょう?」
やりづらい。彼女の方が年下なのに、僕の方が必要以上に感情的になっている。その上で、彼女は僕を試している。
「意地悪な人だ」
「ふふっ」
僕らはケーキに手をつけようとする。が、その前に、
「やっぱりこういうの、カフェでなにか注文したら――写真に撮ってしまいますよね?」
僕はスマートフォンのカメラをケーキに向けながら言った。フルーツの沢山乗っているレアチーズケーキ、美濃さんはイチゴの乗ったシンプルなショートケーキを写真に収める。
「分かります……。少しはしたないと思ってしまいますが」
彼女も写真は撮ったが、1枚撮っただけだ。必要以上に撮るのは、みっともないことらしい。
それは……、まぁ分からないでもないけれど。見映えを気にして何枚も撮ってしまった。僕の方が子供みたいだ。
けれど、恥ずかしいより先に、彼女の『大人』な痛々しさに悲しくなる。
「そうですね……。でも、やめられないんですよね。それに後でSNSに投稿とかするので」
「私は――SNSやっていないので」
彼女のことを全く考えなしで話してしまった。かっこつけるよりも先に、相手の立場に立つべきなのに。一応は、お見合いなのに。
「気にしません。そのうち、私もはじめてみたいな、と思っているので。いえ……、いずれ始めるつもりです」
「意外です。そういうの――興味あるんですね」
「まぁそういう、インターネットのことを知らないと、事業ができなくなってしまう時代ですので」
そんなことまで考えているなんて、意外だった。学生なのだから、そんなこと考えなくてもいいのではないかと、思ってしまう。
「早く大人になってしまうのは――もったいないですよ?」
「そうですか?」
「ええ、学生の間くらいは子供でいた方が――お得ではないですか?」
僕は持論をぶつける。彼女の大人ぶっている態度がそろそろ痛々しい。見ていられなくなったのだ。
「面白いこと言いますね」
彼女は微笑みながら言った。が、目が笑っていない。冷たい視線に少し背筋が伸びる。
「僕も昔から、それこそ高校生の頃からお見合をしています。なので、それなりに経験があるのですが……。こう――大人の事情に子供を巻き込まないで欲しかったのです」
子供の頃から、家の事情とか事業なんかのせいで、自分が駒のように扱われるのがイヤだった。
好きでもない相手と見合いをしたり、よく知らない大人の飲み会に巻き込まれれたり、形式だけのパーティーに参加したりetc……。
そんなものに、巻き込まれたくない。
でも…、
「早く大人にならないといけない子供がいる。
でも、それって、いいことではないと思うので……」
大人が駒として扱うために、子供をやめさせる。そんなのはこりごりだ。
「そうですか?私は別に……」
「そう、受け入れてしまうのも……こう……。見ていられません。子供は――守られるべきです。大人の駒になるべきじゃない」
駒として扱われる子供を――僕は見たくないのだ。過去の自分を慰めてあげたいし、同じ境遇の人も減って欲しい。子供の将来は自由であるべきだ。
「それに……」
「それに……?」
「お年玉も、おこづかいも――貰えるうちに貰わないと」
冗談で主張をまとめた。
彼女はなんだか、肩の力が抜け、緊張がほぐれたような表情を浮かべた。
「大人になることが悪いとは思いません。さっき言った通り、いいことでもないですが……。なんというか――もっと、肩の力を抜いてもいいと思います」
彼女は僕の主張を分かってくれたように見える。今までよりも――笑顔が幼く見えた。
多分――彼女、本来の表情なのだ。
「たしかに、子供でいるのが、こういう家ですので短かったとは思います」
「大人になったら――大人になればいいと思います。適当に使い分けたらいいですよ」
「あなたのように?」
「僕は――ダメな例ですけど。大学生の今でも、お年玉は貰っていますし、年下の貴女に緊張しているのですから。まだ――子供です」
だから、貴女も子供だ。そこまでみなまで言わなかった。それは喉の奥に押し込んだままにする。
「ふふっ」
そして、続ける、
「今日のお見合いが――潤さんでよかった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます