第36話 スクリーンより愛をこめて
すごい暑さだ。
日本の酷暑以上かもしれない。
ただ湿気がほとんどないので
過ごしやすい気はするが…
「オレも帽子持ってくればよかったよ」
「どこかで買いますか?」
「いや、車に乗ろう。冷房効いてるから」
2人はホテルからタクシーをひろう。
アメリカでザラから住所は聞いてきた
マリオカートに乗っていそうな顔をした
運転手にその場所を告げる。
ドライバーはカーナビを操作しながら
日本か?チャイナか?と聞いてきた。
日本人だというと、うれしそうにして
息子が日本の企業で働いていると言う。
これで遠回りはされないな。と安心した。
「A国って親日家の方が多いんですね?」
「みたいだね。車とか日本企業の現地法人がけっこうある。
空港に日本語の看板もあったし、ガミラが留学先に選んだのもそのへんかな?」
「それに女性はきれいな人ばっかり…」
「何となくガミラに似てるよな?」
運転手はガミラという単語が聞きとれたのか
こっちに知り合いが居るのか?とたずねる。
「日本から友人に会いにきたんだ」
倉田と堀井はガミラに会いにA国にやって来た。
とある静かな住宅地でタクシーが停まる。
スマホを片手に5分ほど歩くと
小さな教会、それに隣接して墓地が見える。
ここだな?間違いない。
教会だがキリスト系のそれとは違う。
モスクというのか?ドーム型の屋根だ。
神父さんか?誰かいないのかな?
中に入ると礼拝場というのだろうか?
大理石のきれいなタイル張りの床。
右手にドアがありインターフォンがある。
押すと老人が顔をだした。
英語は通じるかな?と心配だったが
カタコト英語で対応してくれた。
「こちらにガミラトンプソンという女性が
埋葬されていませんか?」
「待ってくれ、ガミラトンプソンね」
男はドアを開けたまま少し中にひっこんだ。
1分ほどしてノートを片手に
「ああ、去年だったな。Fの12だ」
「ありがとう」
堀井をうながして外に出る。
教会の裏手の墓地に向かう。
石畳で区切られた芝生の敷地が
まるで小さな宅地のようだ。
区画ごとに手の平くらいの
銅製のプレートが埋め込んである。
「A.B.C ってこれか?」
確認しながら奥に進む。
丘というほどではないが緩やかな傾斜だ。
Fが見えた。左から右手へ1.2.3…
12に向かって石畳を歩く。
ここだ。
広さにして2畳ほどの敷地。
人工芝のようにきれいな緑。
その中央に美しく磨かれたベージュの石板。
ガミラ・トンプソン 1983~2023
さらにその下にはアラビア語か?
読めない文字が刻んである。
「きっと、ここに眠る。じゃないかな?」
しんみりと言う倉田に
堀井は目に一杯涙を溜めてうなずいた。
花を包んでいたセロファンにポトリと落ちる。
「ガミラさん」
しずかにしゃがみ芝生に花をそっと置く。
合掌しながら涙が止めどなく頬を伝う。
倉田はガミラに語るようにMPSとの
再契約を報告した。
堀井もガミラと一緒に説明を聞いていた。
話が終わり立ち上がる。
帰るのかな?そう思った矢先
倉田はガミラに語り掛けた。
「ガミラ、今日は大事な話があってさ
わざわざ会いに来たんだよ」
「ビルにも言ってたけどガミラは
今もオレのマネージャーだよな?」
「でさ、マネージャーとして
今日は見届け人になって欲しいんだ」
そう言うと、堀井に向き直って言った。
「堀井元子さん」
えっ?フルネーム?
「結婚してください」
「え?」
「堀井元子さん、結婚してください」
「あの?なんのセリフですか?」
言葉の意味は理解できたが
なぜ私に言うんだろう?と思った。
「映画見てくれたんだろ?
あれはオレの思いだ。でも映画じゃなくて
直接、こうして伝えないとだめなんだ」
「だから結婚してください」
「エグい冗談やめてくださいよ」
ひきつる笑いに倉田は言った。
「俳優が冗談で映画撮るか?」
「あの家でずーっと待ったのも冗談か?」
「……」
さすがにそれには反論できなかった。
「オレさ、アカデミック授賞式の日
マリーに告白されたんだ」
「ええっ?」
あの夜の事を堀井には知らせていなかった。
「でも、断った」
「どうしてですか?」
「マリーより堀井ちゃんの存在が大きかった。
だから彼女に告白されても断ったんだ。
堀井ちゃんと暮らしたい。傍に居て欲しい」
私がマリーさんより?
「オレ、アメリカに戻って分かったんだ。
豪邸も車も何の支えにもならない。
独りで死ぬほど悲しかったよ。
オレは堀井ちゃんが好きだった。
独りになって自分の気持ちに気づいたんだ」
「お受けできません…」
消えそうな声で絞り出した。
倉田は水を被ったような表情になった。
「……そか」
「うん、わかった、うん…」
「うっうっ……ごめんなさい」
「いや、いいんだ、すまん、すまん。
ガミラ、オレ、明日からどうしよう?」
さよなら満塁ホームランを打たれた
ピッチャーのように天を仰いだ。
「私……うっ」
話そうとするが泣きじゃくりが酷い。
「堀井ちゃん、ごめん、さ、帰ろうか?」
「いえ、違うん…」
息を整えようと必死だ。
倉田は待つことにした。
少しして話せるようになった。
堀井はチューリップハットを
握りしめながら懸命に話す。
「私は料理バカの地味なブスです
それがこんな…ありえない
そんな話…信じられません」
「オレもそうだったよ」
少し微笑んで言う。
「オーディションの時さ、笑われたよな?
身の程しらずって、皆がバカにしただろ?
受かった時思ったよ、ありえない信じられないって」
「オレは奇跡でスターになった
奇跡ってあると思ってるんだ」
「だから堀井ちゃんが信じてくれるのを待つよ」
堀井は怖かった。
自分を信じるのが。
憧れの倉田の胸に飛び込むのが。
それを無理強いせず、待つという倉田。
待つなんて言わないで
私なんか、待つ値打ちないよ…
『ホリィ、大丈夫よ』
ガミラの声がする。
私なんか、ダメよ…
『ホリィ、クラを支えてあげて
あなたしか居ない、お願いよ』
信じていいの?私にだよ?
『ホリィのために撮ったのよ
クラを信じてやって?』
(冗談で映画撮るか?)
私に思いを伝えるために
あの映画を撮ったなんて…
車もアメリカから持って来て
私を待ってたなんて…
でも、怖いの…
私は臆病者…
どうして私を?
『ホリィ、クラの愛を受け止めて
クラの愛に応えてやってよ』
ガミラさん…
ほんの1~2分の沈黙だったが
倉田には恐ろしく長い沈黙だった。
それが破られる。
「あの映画、3回見ました」
「え?」
もう泣いていなかった。
「あの映画は社長の想いですよね?」
「うん、嘘偽りなしのオレの想いだ」
「プロポーズ…」
顔をあげた。
まっすぐに倉田を見上げる。
「お受けします」
「堀井ちゃん…」
「自分から逃げるのは終わりにします」
ガミラに背中を押された堀井は
はっきりとプロポーズを受けた。
「私をお嫁さんにしてください」
そういいながら静かにお辞儀をした。
その姿はどんな大女優でも出せない
力強さと自信に満ち溢れたものだった。
何も言わずに堀井を抱きしめる。
チューリップハットが石畳に落ちた。
(演技でない恋愛ならよろこんで)
そうマリーに言った事を思い出す。
本当のラヴシーンをガミラが見届けた。
*****
帰り支度をしながら倉田は言った。
「題名変えたいな…」
「何のですか?」
「愚か者だよ」
「フラれたなら、愚か者でいいけどさ」
「堀井ちゃんがOKしてくれたから
愚か者って、なんか合わないなぁって」
言われてみればそうかも?と堀井も思った。
「ん~…」
「愛の、告白…ちょ、ダサいな」
「あ!愛をこめて」
「うん、スクリーンより愛をこめて」
「どう?」
「いいですね」
素敵なタイトルだと堀井も思った。
「どう?ガミラ?いいと思わない?
スクリーンより愛をこめて。いいよね?」
ガミラが眠る石板に語りかけた瞬間
彼女に捧げた百合の花が
風もないのに揺れた。
Fine
スクリーンより愛をこめて 波平 @to4
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