第35話 まさかという坂

「さあ、話をきかせてもらおうか?

 今日は徹夜だからな」


堀井は泣き笑いでうなずいた。


岡元から事務所で話を聞かされ

倉田が窮地に立たされたのは

自分が郵便物を見落としたからだと思った。

アメリカに戻っていいのか?

悩んだ、戻るのが怖くなった。


休暇期限がすぎた。


社長にも申し訳なくて、退職願いを出してしまった。

倉田や吉岡から連絡がきたがスルーした。

岡元に追い詰められたのが理由ではないが

なんとなく曖昧なままフェードアウトとなる。


その後、映画の封切りを知って愕然とした。


社長のメッセージ?

でも私の為に映画を撮るなんてありえない。

今回の件をヒントに映画を作っただけと思った。


映画は3回も見た。


見る度に、自分への呼びかけかな?と思った。

倉田や吉岡に連絡を取りたかったが

逃げていた後ろめたさから出来なかった。


映画の公開が終わる。


そしてそのあとの倉田の引っ越し報道。


これで完全に縁が切れると思った。


意を決して吉岡にラインをする。


「堀井さんのバカ~すぐ電話して~」


電話で泣きながら怒鳴られた。


せめて倉田の姿を一目見たかった。

吉岡から住所は聞いたが

もし、訪ねて追い返されたら?

それが怖かった。


また迷う日々が続く。


吉岡に何度も叱られやっと来る事ができた。

家を見つけたが、それより車をみて驚いた。


リオンタウンでお借りしていた車だ。

どうしてここに?

おろおろしてたら職質された。



「堀井ちゃんが帰ってきてくれないから

車だけでも連れて帰ったのさ」


堀井はそれを聞いて悔やんだ。

もっと早く連絡を取ればよかった。

こんなに苦しまなくて済んだのに。

それこそ彼女が自分に自信が無い証拠だった。




「オレの番ね、何から話そう?」


腕組みをして宙を見上げながら話す。


F・B財団の件はデマだった。

招待状なんか初めから届いていない。

堀井ちゃんに聞いた話は結局噂だったんだ。


そういう事で堀井を安心させたかった、

彼女のせいでは無いと伝えたかった。


干されたというのはまんざら嘘ではない

アカデミック賞で嫉妬されたかもな。

でも心配はいらない、まだ引退は先だ。


これも嘘、うそも方便だ。

倉田は仕事の目処がつかない場合は 

引退だと決意を固めていた。


だが隠せないのはガミラの死だ

本当の事を話すのなら彼女が郵便を隠し

自らを追い詰め自殺した事も言わなければ。


だが、ガミラを守ってやりたかった。

堀井もショックが倍増するだろう。

自殺は誰にも言わない。

言えばガミラは地獄へ行くような

そんな気がしたからだ。



ガミラの病死を聞かされた堀井は

嘘だ、冗談だと言い続けた。

なんとなくあの30Fでビルに噛みついた

自分を思い出した。



倉田はガミラの母、ザラに会い

彼女からガミラの持病を聞かされた事。

避けられなかった死であった事。

形見にTシャツを貰った話などを伝えた。


「そうだ、堀井ちゃんにも1枚

 きっとガミラも喜ぶはずだ」


そういうとTシャツを持ってきて渡した。


「これ、見覚えあるだろう?」


「いいんですか?」


ガミラのトレードマーク。

白いジャケットのインナーに着ていたものだ。


フランスで共に暮らした日々が蘇る。


お箸を器用に使うガミラ。

ごはんを美味しいと喜ぶガミラ。

シャンゼリゼ通りで燥いだガミラ。

スマホには2人の写真が山ほどあった。


堀井は声をあげて泣いた。

倉田との再会よりも泣いた。


堀井は倉田との再会、ガミラの死という

喜と哀を同時に受け止める夜となった。



******



堀井はKコーポレーションに再雇用となる。


それからしばらくして


倉田がまた「まさか?」と言う坂を転がる事になる。


「愚か者」の公開は日本のみだったがMPSは

LAの1部の地域のみで公開するとした。

そこにはF・B財団の動きを探る意図があった。


実は、つい最近、映画関係者の間で

フレッド・バトラーが倒れたとの噂があったからだ。


彼の年齢は公表されていないが80代だと思われる。

健康面に不安があってもおかしくない。



小さな映画館で公開された「愚か者」

MPSは固唾をのんで見守った。


アカデミック賞の倉田が日本で監督を務めた

この事も話題となり上映館は更に拡大。


またSNSを中心に別の意味で大反響となった。


人気に有頂天となり高慢な態度となる男。

そんな主人公をアメリカという大国になぞらえ

今、戦争に加担する危険な政治を改めるべき。

うぬ惚れを捨てて愛と感謝で生きるのが正しい。

そんな声が若者の間で上がったのだ。


MPSも(いける)と読み、大々的に宣伝活動を行う。


そして「愚か者」はアカデミック賞外国作品賞にノミネート。

評論家からは2本目のタスカーが確実だと噂される。

さすがにマスコミも黙っていられない。


「クラタは何故、帰ってこない?」


「人種差別ではないか?」


しばらくして新聞各社が動き出した。

《KURATA IS BACK》

そんな見出しがあちこちに見える。


それこそフレッド・バトラーが倒れた証拠だった。


エドはGOサインを出した。

倉田の再契約が決まったのだ。


それと同時にKコーポレーション内で

発表した引退宣言も倉田はこっそり撤回。


復帰会見が本社ビルで行われる。


多くの報道陣が見守る中

倉田が発した最初の言葉は

NO WAYまさか?」だった。




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