第34話 不審者


倉田が初の監督、主演作品。

話題の映画「愚か者」が封切り。


ふたを開けてみると賛否両論。

倉田のコアなファンからすれば

なんか自虐みたいでつまんないという声。


一方で人間の愚かさ、愛のすばらしさを問う

秀作だと絶賛する人もいる。


いい意味でも悪い意味でも話題の映画となった。


だがKコーポレーションの3人は

これが堀井へのメッセージだと気づいていた。


ちょうど山崎速雄監督の人気アニメと

公開時期が被り、興行成績としては第3位。


倉田にすれば収益なんかどうでもよかった。

堀井の目に届く、それだけでよかったのだ。



映画には堀井への思いが随所に

ちりばめられていた。



「料理最高だよ」


「いつもオレを支えてくれてありがとう」


「君の想いを無碍にしたオレはダメ人間さ」


「武道館で1万人が拍手してくれても

 傍でオレを支えてくれる1人の君を

 泣かせた時点でオレはダメなんだよ」



神山誠が演じる歌手は自らを省みて

彼女の愛をかみしめる。


ちなみにラストシーンでは

独り病院で引退を決意する主人公に

主治医役の倉田が語り掛ける。


「愛の尊さ、それに気づいたんだ。

 遅かったけど、君は救われたよ。

 きっと彼女は君の歌を聞いてくれる

 これからは彼女へ感謝で生きよう」


倉田が自分に言い聞かせるセリフだった。




公開から3カ月。

そろそろ陰りが見えてきた。

やはりロングランというわけにはいかない。

そろそろ収益としても回収できたとらしく

MPS側からは打ち切りの打診がくる。



臨時契約で配給してもらった恩もある。

堀井が見てくれたか?は不明だが。

ワイドショーにまで出て宣伝した。

題名くらいは耳に入っているだろう。


もちろん連絡はない。


だが倉田は引退会見はしなかった。

吉岡のラインを見て心に決めた。

堀井に会うまでは辞めない。


倉田はTVのバラエティなどに出ながら

堀井からの連絡をひたすら待った。


それから3ヶ月が過ぎた。

倉田は急に家を買う。


東京から少し離れた自然豊かな田舎町。

引っ越しをマスコミが嗅ぎつけた。

倉田、〇億の豪邸に引っ越し?

そんなタフーニュースだったが

見だしとは真逆の中古の家に取材もしぼむ。


倉田は静かに暮らしたかった。

そんな隠居生活にマスコミも興味を失くした。



*********



「後藤君、もう1回、回ってくれ」


「3丁目ですか?」


「うん。倉田さんちだ」


「何か?」


「気づかなかったのか?」


「え?すいません」


「ガレージだ、不審者がいた」


「気づきませんでした」


「車のとこに人が居た」


「またファンですか?」


「ただのファンならいいんだが

 夜に来るかな?引っかかるね」


2人は交差点を曲がり倉田の家へ。


「よし、徐行して」


「(パトランプ)点けますか?」


「いや、無しで、ばんかけ(職質)だ」


倉田の家は近所では有名だ。

30坪ほどの小さな建売住宅。

とても俳優が住む家には見えない。


近所の人はセカンドハウスと思っていた。

それほど平凡な住宅だった。


少し違うところはガレージに収まる車が

左ハンドルの日本車ということくらいか?

そのガレージから家の中をうかがっていた

不審者をパトロール中の警官は見逃さなかった。



「こんばんは。ちょっといいですか?」


その声と共に近づく2人の警官に驚く。

不審者はその場を離れようとした。


「あらら、どうしたの?逃げないで

 ちょっとお話聞きたいだけなんです」


「帽子とってもらえる?

 夜だよ、お日様は出てないよ」




********




「なんだ?うるさいなぁ…」


倉田はガレージの話し声にイラつく。

家を突き止めたファンだな?


倉田のファンに若い子は少ない。

大体30~50代のファンだ。

なぜか?主婦が多い。

そのため過激なファンは居ない。

サインや写真を一緒に撮って満足する程度だ。

夜に押しかけられるのは初めてだ。


玄関ドアを少し開けて外を見ると

パトカーの白黒が見えた。

警察?揉め事か?


「こんばんは。何かあったんですか?」


「あ?こんばんは。倉田さん」


その瞬間、ヒッと息を吸うような声が聞こえた。

その声の主はあわててチューリップハットを被り直す。


「!」


アッと思ったが倉田は俳優だ。

瞬時に感情を殺し、演技するのは簡単な事だった。


「あ!なんだ、遅かったなあ。

 迷子になったんだろう?

 なに?パトカーで送ってもらった?」


「え?」


若い警官が倉田の言葉に驚き

女の腕をつかむ手を離した。


「なにかあったんですか?

 彼女はうちの社員ですが?」


「え?倉田さんの会社の方だったんですか?

 失礼しました。ガレージで不審な動きを。

 ファンが押し掛けたのか?と勘違いを」


先輩警官は自分が不審者だと睨んでいたため

バツが悪そうに頭を下げて言い訳する。


「いいんですよ。気にしないでください」


「失礼いたしました」


2人は女に頭を下げながらパトカーに戻る。


倉田は女をうながして家に入るよう合図した。


パトカーのテールランプを見送り家に入る。


ドアを閉め、わざと大声で言う。


「はあ~ ず〜っと待ってたんだぞ!」


「オレ、毎日毎日ももちゃんに

 連絡あったか?あったか?って」


「ごめんなさい」


と、言ったつもりだった。

だが、言葉にならない。


「さ、入って」


いつもの優しい声だった。


その声にガマンできず

堀井は倉田に背を向けたまま号泣した。




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