第33話 愚か者

倉田の記者会見が決まった。

3人に引退を伝えてから約2ヵ月後の事だった。


プレス宛の案内には会場、時間のみ。

何の会見なのか?内容は書いていない。


岡元ら3人はこれが引退会見だと知っていた。



マスコミの連中は倉田がアメリカで

干された。という情報を耳にしていた。


きっと、それに関する会見だろう?

干されてませんよ、宣言じゃない?

噂を消すためのガス抜き会見だよ。


会場ではそんな風にささやかれていた。


*******



「え?」


倉田の一言に聞き違いか?と

岡元は思わず腰を浮かせた。

ものすごいフラッシュの数。


会場の騒ぎは収まらない。

倉田が皆に静粛にしてくれないなら

帰る!とジョークを飛ばし場を収める。



「倉田さん、撮影はこれからなんですか?」

「日本で撮る理由を教えてください」

「いつごろから構想があったんですか?」

「主役は?ヒロインは?」


一斉に記者が手を挙げると同時に質問攻めだ。


「春さん、聞いてた?

 ねえ?ももちゃん聞いてないよな?」


岡元は尾崎と吉岡に交互に尋ねる。

3人が倉田から聞いた一言は

「新作映画の製作」だった。



「公開はまだ決まっていません。

 まだ企画段階ですけど、実現しますよ。

 構想は2ヵ月くらいかな? 

 日本で撮るって、オレ日本人だからね。

 わはは。普通ですよ」


「私も出ますが主役は別の人ですね

 ほかいろいろ構想もあるけど秘密です」


「どんなストーリーなんですか?」


「頭の中にはありますが今は秘密」


「ジャンルは?コメディですか?」


「今、言えるのは題名だけですよ」


聞かせてください、なんですか?題名は?


一斉に声が挙がる。


「題名は《愚か者》です」


ざわざわ ざわざわ 会場がざわめく。

不思議なタイトルだ。どんな内容なのか

想像もつかない。


岡元、尾崎、吉岡の3人は何度も顔を見合わす。

引退会見だと思っていたのに新作発表?

全員そんな話は聞かされていなかった。


その後も会見は続いたが、あまりに唐突な

新作映画の発表に、倉田が干された?という

噂は一切でなかった。


アカデミック賞主演男優賞が来日。

日本を舞台に映画「愚か者」の撮影を発表。

芸能ニュース、ワイドショーのトップ記事となった。


*****


「社長も人が悪いですよ~」


岡元が半分うれし泣きの声で尋ねた。

事務所に戻って3人は倉田に質問攻めだ。


「とにかくこの映画は極秘でやるからね。

 君らにも内容は教えないから」


「問い合わせにはなんて言えばいいんですか?

 事務所への電話、想像しただけで怖いですよ」


岡元が困った顔で尋ねた。


「うん、聞かされてないでいいよ。

 話題作りにもなるしさ」


「企画から全部茂本さんのとこで?」


「うん、今回はシゲちゃんとこっそりやるけど

 それも言わないでくれよ。奴んとこに取材来ても

 困る事になるからさ」


Kコーポレーションのみんなにも詳しくは言わない。

だが、倉田の頭の中ではあの吉岡のラインを見た時

この企画が浮かんだのだ。


映画を作ろう。

監督、主演はオレだ。

主役は若手を使う。


ストーリーはすでにできていた。



******


ある男が居た。

歌手を目指して上京。

努力の末、人気アーティストとなる。

武道館、ドームを満杯とし世界進出が見える。

有頂天になった男は支えてくれた家政婦さんの

苦言を疎ましく思い切り捨ててしまう。


健康管理をちゃんとしてもらっていたのに

金に物を言わせ暴飲暴食。ほどなくして体調を壊す。

周囲の忠告も聞かず天狗となっていた男は

病に倒れ喉をやられる。


富と名声を手に入れた男は

その代わりに愛と歌手生命を捨てる事となる。


男は自分を支えてくれた全ての人に詫びながら

その歌手としての生涯を終える。



*********



記者会見後、事務所には問い合わせが殺到。

倉田の元へ何人もの俳優が必死で接近。

多くのプロダクションから出演を懇願する電話。

倉田はすべての出演依頼を丁寧に断る。


主役は神山誠こうやま まことという新人俳優。

どことなく若い頃の自分の面影があると感じたからだ。


倉田の役はスター神山の主治医。

地道にがんばる好青年から徐々に

調子に乗りつけあがる主人公を傍で見ながら

彼に人としての道を説く役割だ。

所謂ストーリーテラーの役をする。


他の出演者も{DONCHO」の若手俳優を使った。

茂本は劇団の若手を使うのに少し不安があった。

慣れない映画。ハリウッド俳優 KOHEI KURATA の映画。

構わないのか?と何度も尋ねた。


倉田は言った。


「オレが偶然陽の目を浴びたように

 この映画を踏み台にスターが生まれてほしいんだ

 なんでもいい、チャンスとなってほしい」


演劇界の「荒いクマ」の異名を持つ茂本は男泣き。

彼も倉田と同様、若い頃は辛酸をなめてきたからだ。


若手俳優にチャンスを。


だが、それとは別に倉田には

この映画を作る本当の狙いがあった。


それは


堀井へのメッセージ。


公開すれば、どこかで見てくれるかもしれない。



堀井の愛に気づいた倉田の連絡方法。

それがこの映画なのだ。


日本MPSが配給をしてくれる事になった。

予算は3億ほどの予定だ。

低予算映画だが収益はどうでもよかった。

MPSには悪いが赤字でも構わない。


彼女の愛は金で換算はできない。


倉田はそう考えていた。





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