第40話 愛するのはあなた
「マルーシュカ」
ベッドに腰掛けてマルーシュカの顔を覗き込んできたアレックスは酷い顔色だった。目の下は真っ黒だし、漆黒の髪は寝癖が残っているし、普段はパリッとしたシャツを着ているのに、シワだらけの状態になっている。
無精髭が生えている彼の顔をじっくりと見つめたマルーシュカは、プッと吹き出して笑うと、
「アレク、貴方ったらいつもはとっても自分の着ている物には気をかけるのに、どうしちゃったの?髭だって全然剃っていないみたいじゃない」
そう言って彼の頬に手を触れると、マルーシュカは引き寄せられるようにして抱きしめられた。
「マル・・ああ・・俺のマウエルリカ」
「アレクサンドロ」
マルーシュカはアレックスの背に自分の腕を回しながら、ホッと安堵のため息を吐き出した。来世は絶対に共にいよう、そう約束していたはずなのに、今まで全く思い出せずに居たのだ。
「マルはいつ思い出したんだ?」
「今よ」
「今?」
アレックスが吹き出して笑うと、マルーシュカは頬を膨らませながらアレックスの頭を小突いた。
「仕方ないじゃない。生まれ変わりがあることは知っていたけれど、本当に転生するとは思いもしなかったのだもの」
「それは俺も驚いた、それでもマルが居たから何の問題もない」
「まあ!私と会っているというのに、冷たい態度を取り続けていた人とは思えない発言ね!」
困り果てた様子で眉を下げるアレックスの顔を見ると、思わず笑ってしまう。
確かに自分は、今も昔も、同じようにアレックスと共に居た。
愛するあなたを忘れてしまうだなんて、申し訳ないとは思うけれど、今、思い出したのだから何の問題もないはずよ。
「マル、実は君と俺はすでに書類上は夫婦となっているのだが」
「ヨハンネスから聞いてる」
「枢機卿のガブリエルが君を聖地に連れて行きたいのだとしつこく言っていたんだが、君の代わりに断ってしまったよ」
「それも、聞いてる」
「君を愛しているんだ」
「知ってる」
くすくす笑いながらマルーシュカがアレックスを見ると、蕩けるような笑みを浮かべたアレックスはマルーシュカにキスをした。
扉が先ほどからノックされているのを無視し続けているアレックスはマルーシュカとのキスを続けたけれど、最終的には連続するノックに我慢が出来なくなって、扉の方へと飛んで行ってしまった。
どうやらブラームがエルンスト王子から伝言を持って来たようで、
「牢に入れられていたヴァーメルダム伯爵と伯爵夫人が殺されていたようで」
という報告の声がマルーシュカの方まで聞こえてくる。
親とも思っていなかった二人だけれど、問題は牢に入っている二人を殺したのは誰かということになるだろう。
扉を閉めて戻ってくるアレックスを見上げたマルーシュカは、
「ねえ、帝国を潰してしまいましょうよ」
と、言い出した。
「百害あって一理なしだわ、今なら倒すことが出来るんじゃないかしら?」
「確かに、それもありだな」
グレイの瞳を伏せて考え込むアレックスの顔を惚れ惚れとした表情でマルーシュカが見上げていると、
「そういえば、君の体調が良いようだったら一緒に昼食はどうかと父と母が言っているのだがどうだろう?」
マルーシュカに視線を戻したアレックスが問いかける。
「そういえばお腹が空いたわ」
「それじゃあ、声をかけてくるよ」
「でもその前に、お風呂に入りたいわ。体がベタベタなのよ、その後でも良いのなら一緒にお食事がしたいって言ってくれない?」
「わかった、問題ない。何なら俺も入浴するかな」
「そうよ!入ったほうが良いわよ!貴方ったら汚いわ!」
「仕方ないじゃないか、君が心配で一睡も出来ずにいたんだから!」
まじまじとアレックスの顔を見上げたマルーシュカは花開くように笑う。
「私が心配だったの?」
「そりゃそうさ、二度と目を覚まさなかったらどうしようかと・・」
途端に顔を曇らせるアレックスを、マルーシュカが下から覗き込むようにすると、
「マル、なんだったら一緒にお風呂に入る?」
急に表情をくるりと変えて、アレックスが問いかけてきた。
「いやよ、絶対に嫌」
「なんで?」
「だって、今世では・・まだ・・」
もごもご言うマルーシュカの額にアレックスはキスを落とすと、
「入浴にはいくらでも時間をかけていいからね。ああ、早く君を愛したい」
とろりと情欲に塗れた瞳を向けたので、マルーシュカは思わず顔を赤らめてしまったのだった。
千年経っても彼は変わらない。
彼が変わらず愛を向けてくれるのを確認すると、マルーシュカはつくづく安心することが出来るのだった。
その後、すっかり人が変わったようになってしまった息子夫婦と食事を摂ることになった公爵夫妻はしばらく黙り込んだ後に、
「ま・・まあ、そういうこともあるわね!」
「愛だな!愛!」
と、お互いに言いだして、これで長男の結婚問題は終了したと喜ぶことになったという。
今まで蝋人形のように顔の表情が動かなかったアレックスが、とろりとした笑みを浮かべてマルーシュカを溺愛する姿を目撃した使用人一同は驚愕をした。
更には、今まで塩対応が基本だったマルーシュカが、うっとりとした眼差しでアレックスを見つめる様を認めた一同は、
「ま・・まあ・・これで公爵家は安泰ということで!」
と、思い込むことにした。
そんな様子をぼんやりと眺めていた執事のヨハンネスはというと、こっそりため息を吐き出していたらしい。
その後、帝国を中心とした大陸を巻き込む一大騒動が起こることになるのだけれど、それはまた、別のお話でということになる。
〈 完 〉
姉を殺したのは誰? もちづき 裕 @MOCHIYU
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