紅いメレンゲクッキー のらくら文芸部企画もの

棚霧書生

紅いメレンゲクッキー

お題:しどろもどろ、おちこぼれ、卵白


 メレンゲクッキーなんて軟弱な食い物が好きなやつだった。趣味は菓子づくりで、「メレンゲクッキーはね、他のお菓子を作るときに余っちゃった卵白を一気に消費できる神レシピなんだよ!」なんてほざいていた。

 俺はミルシィのことが嫌いだった。最初は同じ時期に騎士養成所に入ったというだけの関係で、気にもとめていなかった。俺は一番上の前衛クラン所属、落ちこぼれのあいつはドベの支援特化型クランにいたから、そもそも交流する機会がほぼないに等しいものだった。

 ミルシィを嫌うことになったきっかけ。それは騎士見習いとして生活を続けていたある日、後輩が俺との模擬試合でケガを負ったことだった。雑魚がヘマしたから負った傷なのに、先輩からは診療室まで付き合ってやれと言われてしまった。だから、しかたなく付き添ったそこにミルシィがいた。俺は純粋に、この出来損ないはまだ騎士養成所にいたのかと心底驚いたことを覚えている。入所試験のときに俺とミルシィは同じ班に振り分けられていた。そのときのミルシィときたら、口頭問答ではしどろもどろの回答をし、模擬戦では引け腰でデタラメに剣を振っていた。ミルシィが合格したこと自体が俺にとっては謎だったが、二年以上経ったそのときもまだ養成所にいたことが意外だった。騎士養成所は実力主義。武功をあげる者、成果を出す者が一番偉い。強い者が幅を利かせ、ミルシィのようなやつはいじめられるか小間使いにされるのがオチだった。

「お前、まだいたんだな。とっくにやめちまったと思ってたよ」

「えへへ、おかげさまで……」

 後輩へ手当する手を止めないままミルシィはへらへらと笑った。なぜ笑う? こいつにはプライドがないのか?

 ミルシィの手は白くて細い。剣を握るやつの手だとは到底思えなかった。支援特化型クランは剣の鍛錬をしないのだろうか。消毒液の匂いがいやに鼻についた。

「うん、これくらいで大丈夫かな。傷が化膿してないかだけ定期的に見てね。またなにかあったら、診療室においで」

 ミルシィの甘ったるい声音のせいか、後輩は安心したたるみきった表情で「ふぁい!」と発音までも緩んだ返事をする。この後輩にはあとで気合いを入れ直してやることにして、俺はミルシィを睨みつける。

「ずいぶんとお優しいことで」

「みんなお勤めで疲れてるだろうからね。厳しいより優しいほうがいいでしょう?」

「厳しく鍛え上げることで肉体も剣筋も洗練される」

 一瞬の沈黙。

「……僕、あなたになにかしてしまったかな?」

「いいや。なにもしてない」

 なにもしていないが騎士らしくないアンタが気に入らない、とまでは口に出さなかった。

 しかし、そのすぐあとミルシィが余ってるからとメレンゲクッキーを手土産に渡そうとしてきたところで、俺は完全にキレた。

「そんな女子どもが口にするようなものが食えるか!!」


 俺は間に合わないのだろうか。戦地から街にある騎士養成所まで馬をとばす。だが、雨でぬかるんでしまって速度が出ない。馬上で揺られながら、ミルシィとの過去をまざまざと思い出す。養成所時代は仲が悪かった。いや、それは俺が一方的に嫌っていただけなのだが。

 雨が冷たい。暖炉で温まりたい。

 腹が減った。美味しい食事をとりたい。

 厳しい鍛錬で疲れた。優しく癒やされたい。

 ぜんぶ同じだ。つらいことがあったら、それを埋め合わせるなにかがないといけない。厳しいだけでは、誰もついてこない。それを教えてくれたのがミルシィだった。もし、ミルシィを失ったのなら俺はなにを代わりにすればいいんだ?

 戦争は終幕を迎えようとしていた。敵国の降伏は時間の問題で、俺たちはただ待っていればよかった。しかし、現実ってのはなにが起きるかわからない。敵国のトップがヤケになったのか、なにか作戦があってのことなのかはまだ判明していない。だが、俺たちの住む街がミルシィの勤務している騎士養成所が襲撃を受けていることは伝令からの報せでわかっている。

「……ミルシィ、どこだ? どこにいる?」

 俺がついたときにはもう養成所はひどい有様だった。逃げ遅れたまだ若い後輩たちの死体。血しぶきは壁や天井にまで及んでいた。床なんて元から紅かったと言ってほしいくらいだった。

「ミルシィ……、そこにいたか」

 診療室の机の下でミルシィは息絶えていた。隠れようとしたんだろうか。やっぱり騎士らしくはない。

「守ってやれなくて、すまない……」

 ミルシィの周りの床にはメレンゲクッキーが散らばっていた。きっと机に置いていたものが襲われたときに落ちたのだろう。白いメレンゲクッキーはミルシィの血液を吸って紅く染まっている。

 俺は紅いそれをひとつつまんで、口の中に放りこんだ。体温ですぐに溶けていくメレンゲクッキー。甘いとか不味いとかそういう感覚は死んでいた。

「騎士失格だ……」

 ただただミルシィの血の味が舌に残った。


終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紅いメレンゲクッキー のらくら文芸部企画もの 棚霧書生 @katagiri_8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ