番外編 クリームの乱 2
——やっぱり生クリームを諦めきれない……!
カスタードクリームでその場は満たされたけれども、もともと食べたかった生クリームは食べられていないのだ。
日本にいた時に普通の牛乳を撹拌してもバターや生クリームにはならなかった。でもバターや生クリームが牛乳からできるってことは、そういう用途の牛乳もあるってことだよね。
そして魔王国にはバターがある。
ということは、牧場に行けばバターになる牛乳があるのではと思い、わたしはまたも魔王城の食堂で料理長をつかまえた。
「料理長! 魔王城に牛乳を卸している牧場へ、見学って行けませんか?」
「ノーミィはこの間から牧場やら牛乳やら言ってるな。んー、そうだな、いいぞ。そろそろ俺も牧場の様子を見に行きたいと思っていたところだ」
様子を見にいったりするんだ。さすが魔王城の食を背負う男だよ。
そういうわけで、王都から北山に向かう途中にあるノコ山の
ノコ山といえば美味しい黒魔牛で有名だけど、他にも麓町には魔乳牛の牧場や野菜・果樹の畑などがあり、畜産と農業の町だ。
さぞ、広々とした気持ちがいい景色が広がっていることだろう。明るい時間に見れば。
スレイプニルが引く荷馬車の御者席に料理長と並んで座り、牧場を目指すけどあたりは真っ暗。
街道沿いには光キノコが入ったビンがふんだんに置かれているから、移動に不自由することはなさそうだけど。
王都を出て半刻ほどで、森から少し開けた景色になってきた。
「そろそろ牧場が見えてくるぞ」
「案外近いんですね」
「そうだな。輸送の問題もあるし、王都に近いからこのあたりの牧場は発展したんだろうな」
着いた牧場は敷地内の建物や柵に光キノコがかけられていて、幻想的な景色が広がっていた。
明るいうちに見たいと思っていたけど、これはこれでいい!
魔王城に牛乳を卸しているこちらの牧場は付近で一番大きいらしく、自分のところのバター作りのほかによその牧場の分も請け負っているのだとか。
上にも横にも大きな牧場主さんが、わたしたちをにこやかに案内してくれた。
バターの作り方は、搾乳して、加熱殺菌して、流水冷却して——魔法で撹拌。
「家族でやっている牧場で、風魔法が使える者がいないところもありますからねぇ。そういう家から乳を買い上げているんですよ。うちのように水魔法が使える者がいればもっと楽にできますし」
「魔法が使える使えないだけなんですか? 設備的に整ってないとかそういうことはなく?」
「設備といっても、樽に乳を入れて魔法を使えばできますからねぇ」
なんともうらやましい話だよ。
樽と牛乳があればバター食べ放題なんて!
「ええと……牛乳はどんなものを使っているんですか? 飲む用の牛乳とは違いますよね?」
大事なのはここ。
もし分けてもらえるならわけてもらって、撹拌したら生クリーム作れるもんね。
「いえ? 飲む用に卸しているものと同じものですよぅ」
「え?」
「ノーミィ、ドワーフの国では飲む牛乳とバターにする牛乳が違うのか? 興味深い話だな。何が違うんだ?」
「……え? ええ? な、何が違うんでしょう……? 飲む用の牛乳をかき混ぜてもバターにはならないって聞いていて……」
う、いけない……!
前世の話はできないし、だいたい、わたしはなんで固まったり固まらなかったりするのかも知らないよ!
もしかして、前世日本で飲んでいた牛乳って、なんか加工されてたりするのでは?
それで固まらないとか……⁉︎
「もしかしたら牛乳じゃなかったのかもしれんぞ? 豆の汁とか似たものかもしれない」
豆乳! さすがに違いはわかるよ!
とは思ったけど、それに全力でのっかることにした。
「も、もしかしたら、そうだったのかもしれません! 牛乳じゃなかったのかも⁉︎」
「豆の汁じゃ、バターはできねぇな」
「そ、そうですよねぇ……ハハハ。ちなみに、バターにするための風魔法を、弱くかけるなんてできたりします? こう、ふわっと」
「カッとかけてしまうので、やったことはありませんがやってみましょうか」
冷却した後だという樽を、一旦開けて見せてもらう。
「ん? あれ、端の方ちょっと固まってます⁉︎ え、もうこれ生クリームでは⁉︎」
「そうなのか? こんなの城に運び込まれてくる時にはふつうにあるぞ」
なんということだ……。
冷却された樽が馬車でゴトゴト揺られて、自然に脂肪が分離して生クリーム部分ができるということか……。
幸せの青い鳥がすぐ近くにいたように、生クリームはもう普通に魔王城にあったんだよ……。
「……この上の方を砂糖といっしょにボウルに入れて、泡立て器でまぜるとふんわり美味しいクリームになるんです……これがほしかったんですよ……」
わたしが少ししゅんとしてそう言うと、料理長と牧場主はやってみようと盛り上がった。
そのまま牧場主のおうちへと行き、台所を借りることに。
「底を冷やすと泡だてやすくなるんですけど、氷なんてないですよね」
「うちは輸送の関係で氷魔法を使える者も雇っているので、氷あるんですよぅ」
「すごいです! それならボウルを二重にして氷水を当てながら混ぜるといいですよ」
氷水を入れたボウルの上に置いたボウルに、樽の上の方の牛乳を片手鍋ですくって入れる。
「砂糖はどのくらいだ?」
「一割くらいですかね。あとはお好みで加減してもらえれば。泡だてはバターケーキ(日本で言うとこのパウンドケーキ)に入れるメレンゲのような感じでお願いします」
砂糖も入り、料理長が泡立てていく。
最初はさらっとしていたのがだんだんかたまりになっていき、もたっとしたところで止めてもらった。
「泡だて具合で食感が結構変わってくるんですけど、このとろっと落ちる七分立てくらいがバターケーキに添えるのにいい感じです」
「牧場特製バターケーキあります! 持ってきますねぇぇえ!」
すごい勢いで牧場主さんが出て行った。
大きい体が素早く動いてびっくりだよ。
すぐに戻ってくると、一本のままのバターケーキをスライスしてお皿に三枚のせてくれた。
わたしはスプーンを借りて、カフェで時々見かけるような感じにクリームをふわりとろりとのせてかける。
「うぉ、黄色い断面に白が映えるな! おい、ノーミィ。ずいぶん洒落たもんになるじゃねぇか!」
「いやぁ、本当ですね! これ、真似してもいいですかねぇ⁉︎」
「もちろんいいですよ。これにミントの葉やナッツの砕いたのをのせるともっとオシャレになりますよ」
「ドワーフってやつは、ものづくりだけじゃなくお菓子づくりにも凝るんだな⁉︎」
誤解だけど、なんにも言えないんだよ……。
牧場主はそそくさとナッツを出してきて、砕いてかけてくれた。
「それでは味見を……」
「おう、いただくぜ」
「いただきます」
添えられたフォークで一口大に切って、クリームを多めにすくってのせる。
うう、食べたかった生クリーム!
ふわふわクリームだ!
ぱくりと食べると、バターの香りが鼻に抜けて生クリームのまろやかさが口いっぱいに広がった。ふわっとだけど、とろーりだよ!
このミルキーな優しい感じはバターとはやっぱり違うんだよね。
バターケーキの生地にしっとり食感が加わっていつものバターケーキが違った味わいになる。
ちょっと高級な感じだし、華があるよねぇ。
「う……美味いっ‼︎ なんだこりゃ!」
「ふわっふわですねぇ……さーっと溶けていきます……もう少し食べないと味が……」
三者とも生クリームのおかわりをした。
そして三者とも生クリームだけ口に入れた。
ああ、儚く消えゆく美味しさよ……。
「これは恐ろしいぞノーミィ、口からなくなる瞬間にまた口に入れたくなるぞ」
「あっ、ちなみにもう少し泡立てると、また違った食感になります。ケーキの周りに塗って真っ白くして果実を飾りにすると映えますよ」
「最高じゃねーか! 宰相閣下へ捧げるに相応しい逸品ができそうだ!」
「やってみたいです! 牧場喫茶で出してもいいですかねぇ⁉︎」
「やっちゃってください! 食べにきます!」
牧場喫茶! 素敵です!
新鮮クリームが乗ったバターケーキなんて、わざわざ食べに来ちゃうよ!
アクアリーヌさんやベルリナさんと遊びに来たいなぁ。
もしかして美味しいチーズなんかも食べられちゃったり? 生クリームとチーズでチーズケーキも作れるよ! これが白葡萄酒と合うんだよなぁ〜。
わたしはうきうきと想像しながら、ボウルで白く輝く生クリームをまたおかわりしたのだった。
こうして生クリームが手に入るようになり、後のアイスクリーム作りにおおいに生かされるのだけど、それはまた別(書籍二巻)のお話。
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あとがき
「魔導細工師ノーミィの異世界クラフト生活」2巻 発売しましたー!
生クリームを使ったアイスクリーム(表紙にも!)も出てくる二巻。
全部書き下ろしです!
ダンジョンあり、お祭りあり、勇者あり(⁉︎)、ノーミィの謎ありといろいろもりもりで書きました!
どうぞどうぞよろしくお願いいたします!(売れ行き次第で3巻が!)
感想のお手紙などとても喜びます……!(ペーパーお返しします〜)
〒102-8177
東京都千代田区富士見2-13-3
カドカワBOOKS編集部気付 くすだま琴宛
【2巻9月10日発売】 魔導細工師ノーミィの異世界クラフト生活 ~前世知識とチートなアイテムで、魔王城をどんどん快適にします!~ くすだま琴 @kusudama
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