番外編 * がんばれセツビーさん


 魔王城設備部のランタン係の青年は、はっと足を止めた。

 最近、顔を合わせる機会が減った最高細工責任者が備品室に入って来たからだ。


 突然現れた魔王城の救世主こと、最高細工責任者のノーミィ。

 使えなくなっていたランタンを整備して使えるようにしてくれただけではなく、新たな省魔石で高性能なランタンを作り出した。

 それらは城のあらゆる場所を、不思議な模様を浮かべた明かりで照らし続けている。

 さらに他にもいろいろと活躍しているらしいと、設備部の中でも噂になっていたものだ。


 忙しそうにしつつも備品室には来ていたようで、ランタンの整備はきちんとされていたのはさすがである。

 会えなかったのはタイミングが悪かったのと、最高細工責任者がこちらに滞在する時間が減ったせいで姿が見えなかったのだろう。


 久しぶりに見る小動物のような姿に思わず口角が上がった。


「——よい夜ですね、ノーミィさん」


「あっ、セツビーさん。よい夜ですね」


「最近会ってなかったですよね、元気でしたか?」


「はい、元気でした。まぁ、いろいろとありまして……」


 はははと笑う細工師に、疲れも嫌そうな顔も見えない。

 ただただ忙しくしていたのだろう。

 国で唯一の細工師。いろんな仕事が降りかかって、その小さい肩にのしかかっていることは想像できる。

 今はそんな笑っているけど、そのうち体でも壊すのではと青年は少し心配している。

 設備部として、できることはやりたい気もするのだが……。

 青年は意を決して、口を開いた。


「——あの、ノーミィさん。よかったら、ランタンの魔石の交換の仕方を教えてもらえませんか?」


「えっ! セツビーさん、魔石交換しますか⁉︎」


 ものすごく驚いた顔をされた。

 それも仕方のない話である。

 ここ魔王国では、新しい細工師が来るまで魔石交換をできる者がいなくて、ランタンを使い捨て状態にしていた。

 使えなくなったランタンをただただ棚に並べて、新しいランタンを高値で買っては国庫を弱らせていたのだ。

 今さら魔石交換したいなどと、遅すぎる話である。


 ただ、ノーミィがいとも簡単に楽しそうにランタンの魔石交換をしているところを何度も見て、やってみたいと思うようになった。

 そんな簡単なことではないのはわかるけれども、もしできるのであれば魔石交換くらいは設備部がやって、最高細工責任者の負担を減らしたい。


 大それたことを言うと呆れられただろうか。そう思っていると、細工師はぱーっと顔を輝かせた。


「教えます! ぜひぜひ試してみてください!」


「時間がある時でいいんですけど……」


「思い立ったら良き日です! やってみましょうよ。細工、楽しいですよ!」


 今までになくキラキラとした目で見上げられた。

 どうやらその『細工が楽しい』を共有したいようだ。

 青年も笑ってうなずいた。


「お邪魔じゃないのならぜひ」


「全然、お邪魔じゃないです。ええと、まずは安い鉄でやってみましょうか。ダメにしても大丈夫ですし」


 備品室の隅で突然始まる、細工講習。

 ここで作業することも多い細工師用に置かれた小さなテーブルの前の椅子に、設備部の青年は座らされた。

 そこへノーミィがカバンから出した銀色の板とネジが置かれる。


「この穴のところに、ネジを入れていきます。ネジ回しをですね、こう——板にまっすぐに立てて使うのがコツです」


 その手がやると、いとも簡単そうに見える。

 だが実際にやってみると、なかなか上手くいかない。


「あっ……。ネジが削れてしまいました……」


「慣れないうちはよくやるんですよー、それ。ちょっと力が強いかもしれませんね。力を入れ過ぎず、しっかりあてるといいです」


 ”力を入れ過ぎず、しっかりあてる“

 細工師はなんて難しいことを言うのか。


「この溝にネジ回しが上手く入らないですね……」


「ネジ回しを軽く置いてみてもらえますか?」


「軽く……うーん……んん……? うーん…………」


 どうも十字の溝にネジ回しがはまらない。

 力を入れると、削ってしまう。

 本当に魔人には無理な作業なのだと青年が諦めそうになった時、細工師ははっと目を見開いた。


「魔力が……魔力が邪魔をしているんだ……」


「えっ、魔力、ですか……?」


「はい、魔力がネジの頭を覆っているのが見えます。きっと、無意識なんでしょうね……。ネジ回しを使っている時に魔力を使っているみたいですよ」


「ええ……? 魔力を使っている意識はないんですけど……」


「そうですか……。ちなみに魔力を出さないようにってできます?」


「魔力を出さない……今も出しているつもりはまったくないです……」


 ——魔力を出さない? 出さないってなんだ? 使ってはいないつもりだけれども、それと何が違うんだ……?


 全くわからない。

 あまりに役に立たなくて情けなくて、青年は身を小さくした。

 細工師はそれを気にせず、ぱっと明るい顔を見せた。


「なるほど、魔人のみなさんたちができなかった理由がやっとわかりました! 本当に不器用な人もいると思いますが、全員がすごく不器用なわけではないんです。中には魔力が邪魔をしている人がいるということです!」


 ということは、細工仕事をできる魔人が誕生しないまま、これからも変わらずノーミィに負担がかかるということではないか。

 それなのに、なぜ、こんな楽しそうなんだろう。


「セツビーさんは魔力が多いですか?」


「普通だと思いますけど」


「もしかしたら魔力が少ない人ならできるかもしれませんよね。それに魔力を込めないようにできたら、セツビーさんもきっとできると思うんです! あっ、もしかして魔力が嫌う金属を手元に使ったら、魔力が出ないかも……? 金属の指ぬき? あっ鎖かたびらみたいなグローブとか……! 作ってみます!」


 最高細工責任者殿の仕事を減らすはずだったのに、当人は勝手に仕事を増やして暴走しはじめてしまった。


 ——ああ、忙しかったというのはそういうことなのか。余計なことを言わなければよかったかもしれないな……。


 ひとり取り残された設備部の青年は、困った顔で頭をぽりぽりとかいたのだった。








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 あとがき


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【2巻9月10日発売】 魔導細工師ノーミィの異世界クラフト生活 ~前世知識とチートなアイテムで、魔王城をどんどん快適にします!~ くすだま琴 @kusudama

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