番外編 クリームの乱 1


 仕事終了後。

 わたしは細工室から出て、ふと甘い物が食べたいなぁと日本のスィーツを思い出していた。


 思えば、美味しいものがいろいろあった。

 シュークリーム、チーズケーキ、お団子、大福、チョコレート……。


 魔王国にも甘い物はある。

 いわゆる焼き菓子というやつで、クッチーとかバターケーキとか。バターケーキはパウンドケーキそっくりなやつ。

 配合を変えたものやナッツ入りなどバリエーションがあって、わりと飽きずに楽しめる。


 けれどもたまにはこう、ホイップクリームがたっぷりと添えられたシフォンケーキとか食べたい。

 フレッシュなクリームの上にドームを作るフルーツのタルトとか食べたい。

 わたしはクリームに飢えている!


 ただ、生クリームってないんだよね……。

 牛乳を泡立て器でホイップしてもホイップクリームにはならないんだよ!

 あれ? でも、魔王国にバターはある。

 前世で生クリームを振って、バターを作る体験をしたことがあるよ。

 ということは、生クリームもあるんじゃないの?


 さっそく食堂の隅の方で、カウンター越しに料理長のムッカーリさんに聞いてみたところ。


「生クリーム? なんだそれは? 聞いたことがないな。また美味いものの気配がするな? ノーミィ、さぁ白状するといい」


 コワモテの大男が、カウンターから乗り出してずいずい迫ってくる。

 別に隠しているわけではないので誠に遺憾です!


「えっ、いや、待ってください! バターありますよね? バターはどうやって作られているんですか」


「牛やヤギの牧場で絞った乳を風魔法で撹拌して作っているぞ」


 風魔法! 魔法って本当に便利!

 そうか、魔法でばっと作っちゃうから、牛乳の次がすぐにバターなのか。

 その途中はないんだ。


 もしかしたら牧場に行ってお願いしたら、生クリームを作ってもらえるかもしれない。

 それはそれでいいとして、わたしは、今、食べたいのだ!


「あれ? 端の方にノーミィちゃんがいるんですけど。料理長に何かわがまま言っているのかな?」


「本当だ。ノーミィ、ボクにも味見させて」


「ベルリナさん、アクアリーヌさん! なんでわたしがわがまま言って食べるものをねだっている前提なんですかー」


 ひどいです。誠に遺憾です!

 振り返ると四天王序列三位のベルリナさんと魔人と人魚のハーフアクアリーヌさんがいた。


「ごめんごめん。ノーミィといると美味しいものを食べられるから、つい」


「それでそれで? わがまま言っていないノーミィちゃんは、何かおもしろいことするところ?」


「いえ……なくてどうしようかと思っているところです」


「バターの話しかしてないだろう」


 バターになってしまったら遅いんですよ!

 わたしはその前のクリームが欲しいんです!

 あ。いや、待って。

 ホイップクリームは無理でも、カスタードクリームというものがあるじゃない。

 あの生クリームのふわっとフレッシュさはないけど、とろっとふるっとほっこり幸せの味。

 そうだ、カスタードクリームを作ろう!


「料理長、ちょっと厨房借りていいですか」


「おう、いいぞ。何作るんだ? 必要な材料は?」


 話が早すぎるけど、ありがたい。


「ええと、卵と小麦粉と砂糖と温めた牛乳を使わせてください。あとボウルと泡立て器と小鍋と木ベラをお借りします」


「お、甘いものだな——おい、みなちゃんと見ておけよ!」


「ノーミィちゃんのお菓子、楽しみなんだけど〜」


「ボクも書き留めていい?」


「いいですよ」


 美味しいものはみんなで分け合いたいもんね。

 作り方が広まったら、もしかしたらもっと美味しいものができてくるかもしれないし。


 手元に揃った材料から、卵の卵黄だけをボウルに入れて、砂糖とすり混ぜていく。

 これはバターケーキでもやる作業だから、そんなに不思議には思われないだろう。


「料理長、今、作っているものは卵白を使わないので卵白だけ余っちゃうんですけど、何か使い道ありますか?」


「そうだなぁ、ワインを作るのに卵白を使うから卵黄だけの料理は大歓迎なんだが、今、余った分はスープに入れて実にするぞ」


 ワイン作りに使うって、そういえば聞いたことがあったな。たしかそれで余った卵黄で作ったのがカヌレだったはず。

 ああ、カヌレもいいなぁ……外側カリッとして中がむっちりしたのおいしかったよねぇ。


「使い道があってよかったです」


 ちなみにバターケーキは卵白の方も使うから余らないんだよね。

 ボウルに小麦粉を入れてさっくりと混ぜ、熱い牛乳を少しずつ混ぜていく。

 全部混ざったら小鍋に入れて、コンロへ。

 火にかけながら木ベラで混ぜ〜混ぜ〜混ぜ〜。

 サラサラの液ががもったりしたら、完成!


「できました!」


 いい出来! ちょっと重いくらいでいい。プリンっぽいの好きなんだ。

 ほくほくとしていると、料理長が鍋を覗き込んだ。


「いい香りだが、これはなんだ?」


「カスタードクリームといいます」


「このまますくって食べるのか?」


 あっ。クリーム、クリームと思ってたから、クリーム作って浮かれてたけど、何かのせるものとか挟むものとかあった方がいいよ。

 このまま食べてももちろん美味しいんだけど!


「あ、いえ、えっと、丸パン! 丸パンに挟むといいです!」


「今、出ている丸パンをいくつか持ってこい! で、ノーミィ、上下2枚になるように切ればいいか?」


「そうですね。いいと思います」


 中に絞り入れればクリームパンっぽくていいかもだけど、魔王国のパンはちょっと硬めだから挟む方が向いている気がする。

 いや、絞るなら口金から作らないとだった。


 料理長は運ばれてきたパンをさっと切って、中に黄色いクリームをこんもりと挟んだ。


「これでいいか?」


「いい感じです!」


 丸パンの横からふっくらとクリームが見えている。

 どこかで見たことあるフォルムと思ったら、あれだ。マリトッツォ。

 美味しそう!

 近くに寄ってきたアクアリーヌさんとベルリナさんがじーっと見ている。


「ノーミィ、初めて見るのにすごく美味しそうだね」


「とっても美味しそうに見えるんだけど! ムッカーリ、お金払うから味見させてほしいんだけど?」


 手際よくパンに切れ目を入れてクリームを詰めた料理長は、数があまりないからと言ってパンを一口サイズに切り分けた。


「新しい料理の研究代から出すから、タダでいいぞ。さ、食いたいやつは食え。味見だ」


「料理長、太っ腹です!」


「ノーミィ! オレは太ってねーぞ!」


 騒ぐ料理長をよそに、手の早い料理人や青髪の文官や赤髪の四天王はさっさと丸パンのかけらを口していた。

 ベルリナさんとアクアリーヌさんはぱーっと顔を輝かせた。


「——ん! これ! 何! けしからん味がするんだけど!」


「本当だ。大変けしからん味だよ、ノーミィ。こんなのとても一欠片じゃすまない。元々の切り分ける前の丸パンが丸々ひとつでも足りないくらいだよ」


 けしからん味らしい。

 わたしもひとかけら食べて、顔を緩ませた。


「大変、けしからんですね!」


 とろっとふるっとしたクリームが口の中に広がった。

 パンに甘く絡んでもっちもっちとなる。

 はぁ、誠にもってけしからん!

 食べる者をとりこにして太らせる、けしからぬヤツですよ!

 だって本当にもう一つ二つ食べたくなるし。ぷくぷく待ったなし!


 ニヤニヤしながらけしからんと言っているうちに、料理人のみなさんがわたしのレシピを再現したらしく、おかわりマリトッツオが山になって並んだ。


 ひとつ頷いた料理長は言った。


「新しい料理の練習用の予算から出すからな。今日はタダだ!」


「やったー!」「いいぞー!」「ごちそうさまです!」「料理長愛してるぜ!」

 

 食堂は歓喜に沸いた。

 口いっぱいに広がるクリームは幸せの味だよ。

 不思議そうにしていた者も、口に入れればにっこり。

 初めて味わうカスタードクリームの甘くてとろーりに、みんなの顔もとろけたのだった。





 そして翌日、鏡の中にマリトッツォのようなぷくぷくの顔を発見して「ひぃー!」と声を上げることを、この時のわたしはまだ知らないのだった…………。






(つづく……かも?)






 ## ## ## ## ##


 あとがき


 近況ノートにも書きましたが、「魔導細工師ノーミィの異世界クラフト生活」2巻準備中です〜!

 応援してくださったみなさまのおかげです!!。゚(つД`)ノ。アリガトウ!!

 詳細はまた後日〜。

 パワーアップノーミィをがんばって書いていますので、お楽しみに!





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