番外編 * 音楽の行末


* * *


 ここは、魔王国首都ドッデスのとある宿屋『暮茜亭くれあかねてい』。

 一階は食堂になっており、食事時ともなると近所の魔人たちが集まってくる。


 少し前までは客も少なくさみしい日もあったのだが、今は客足が戻ってきた。

 今朝も夜行性の者たちが仕事帰りにやってきて、酒を飲みつつ料理をつまんでいる。


「……ありがたいことだわね」


 女主人サラバンディナはふっと安堵の息をついた。

 ガチャリと扉の開く音に振り向くと、ウェーブがかった長い赤髪も揺れる。

 入ってきたのはなじみ客だった。


「サラバンディナ! 新しい楽器だ!」


 魔王国軍トップであるはずの男は、満面の笑みを浮かべて持っていたゴブレットを全力で振った。


 ジリンジリンジリンジリン!!


 フロアに鳴り響くベルの轟音は、緊急時に鳴らされる鐘の音のようだった。

 賑やかだった店内が一瞬で静まり返った。


「————シグライズ? うちは宿屋なんだけど?」


「す、すまん……。うれしかったもんで、つい、な……」


 大きくたくましい体のシグライズではあるが、背を丸めて縮こまっている姿は、かわいらしくもある。

 この宿屋『暮茜亭』に賑わいを戻そうとしてやってくれていることとわかるから、怒るなんてできない。

 サラバンディナが笑ってしまうと、シグライズも緊張を解いて笑った。


 周りのなじみ客たちにも笑顔が戻った。


「おい、すごい音だったな!」


「シグライズ様! それ新しい楽器ですか!?」


「この間のとは違いますな? どうやって鳴らすんです?」


 次々と声をかけられる。

 四天王序列一位のシグライズは、魔人界のヒーローで人気者なのだ。


 サラバンディナは微笑ましく思いながら、シグライズの酒とつまみを用意する。

 重い赤ワインと、硬めのチーズのスライス、牛肉の煮込み、ナッツののった生野菜のサラダ。


 彼は小さいころから歯応えがあるものが好きだった。ニンジンをボリボリ食べてはニカッと笑っていた。


 同じようにとなりでニンジンを黙々と食べていた紫髪の彼女は、今や魔王国の宰相。一時は多忙で全然来てくれなかったのだが、最近また来てくれるようになった。


 そして、畑から採れたてのニンジンをいっしょに食べながら、ちょっと茹でた方が美味しいのにと思っていた自分。


 偉くなった幼なじみたちと比べて、小さな宿屋の女主人である自分を恥じるつもりはない。

 ただ二人を少し眩しく思う。


 リクエストに応え歌っていたシグライズが、カウンターのいつもの席へやってきた。

 ほんのり笑っている顔が、並べられた皿を見てパッと輝やく。


「うまそうだな!」


「いつもと同じだけどね」


「いつもうまいぞ」


 厳つい顔の大男になったというのに、ニンジンをボリボリとかじる顔が昔と変わらなくて、サラバンディナは笑みを浮かべた。


「今回の楽器も、お城の細工師様が作ってくれたの?」


「そうなんだ。ほら向こうで二つ鳴らしてるだろ? 音の違う二種類の鐘があってな。その細工師の嬢ちゃんはまぁ上手く操るぞ。あの鐘だけで曲のようにするんだ」


「器用なんだねぇ」


「そうだなぁ。いつもワシにはさっぱりわからないことをしているぞ」


 そう言ってまた笑う。

 シグライズは少し前より笑顔が増えた。


 宰相閣下である幼なじみも、新しく来た細工師の話をしては時々肩の力が抜けた笑顔を見せる。

 その者のおかげで時間ができて飲みに来れるようになったのだとも。


 サラバンディナは見たことのない異国の細工師に感謝をする。

 幼なじみの二人に笑顔を戻してくれてありがとうと。

 でも少しだけ悔しくもある。

 自分が笑顔に戻したかったのにと。


 そんなことを思っても、細工師にはなれないし城の困りごとを解決もできないのだから、自分の仕事をするしかない。


 ——城下で笑顔にして元気にして、城に戻すのがあたしの仕事だからね。


「楽器ありがとうね、シグライズ。これもどうぞ」


 そう言ってサラバンディナはコトリと小鉢をカウンターに置く。

 暮茜亭特製の甘辛いタレを絡めて照り照りの小イモは、それはそれはいい仕事をしたのだった。









### あとがき ###




遅くなりました!

もう本当にいろいろ重なり過ぎて大変で……(泣)

おかげさまで確定申告の方は無事に終了しました!(*⁰▿⁰*)ワレハジユウダ!

(いえ、全く自由ではありません。この後引越しが控えてます……)


卒業入学就職転勤などなどの季節ですが、そんな方もそうでない方もみーんなに幸あれ。怪我などに気をつけてくださいね!

次は四月にお会いしましょう!





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