―― (声) しか愛せない




 ――しか愛せない




 おまえの声しか愛せない。

 おまえが演じたあの方の声しか、愛せない。

 それでもいいか。


 君は尋ねたね。

 とても真剣な表情で、まっすぐにぼくを見て。

 ああ。

 ぼくは答えた。

 それでもいい。

 たったひとつでも。

 愛してくれるところがあるだけ奇跡だった。

 だから、ぼくはずっと、あの方の声だけを出し続けた。

 君にずっと傍にいてもらえるように。


 愛する人には、いい部分を見せたいって気持ちはあるだろう。

 それと一緒だ。

 それだけの単純な理由。


 あなたが演じた事のある、たった一人の声しか愛せないなんて。

 それは本当に愛なのか。

 同じ声優仲間に眉を潜めて訊かれた事はあるけれど。

 ああ、愛だよ。

 胸を張って答えた。

 愛以外の何者でもないだろうに。


 だから、

 君までそんな顔をしないでくれ。

 時折、申し訳ないって顔を出さないでくれ。

 そんな声じゃないって責められる方がよっぽどましだ。

 申し訳なさなんて、微塵も抱く必要はない。

 本当に嬉しいのに。

 嬉しかったんだ。

 愛してくれて本当に。

 だから。

 あの方の声以外を、他のぼく自身を見ようとしてくれなくていい。


 たったひとつでいい。

 たったひとつだけがいい。


 変わらぬ確かな愛がたったひとつでもあればもう。

 この世に生まれてきてよかったって、思えるから。

 この世に生まれてきた甲斐があったって、心底思えるから。


 どうか。

 ずっと言い続けてくれ。




 おまえの声しか愛せないって。











(2023.10.19)



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青煙が天に沖する 藤泉都理 @fujitori

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