第46日 当たるも八卦当たらぬも八卦
ぼくは占いを信じない。当たったことがないからだ。
けれど、テレビで流れる星座占いは毎朝きちんと見ていて、結果が良ければその日だけ信じる。結果が悪ければ占いなんて当たらないと一蹴する。なんとも現金な話だけれど、多くの人がそうではなかろうか。或いはバーナム効果に騙されるかの二択だろう。
♢
「聞いて。今日の占いは一位だったの。今日のラッキーアイテムは青いリボンなのよ」
中学校への登校中、幼馴染の彼女は髪飾りの青いリボンを指さして笑った。たぶん校則の問題で紺色がかったリボンだったけれど。
「どう? 似合ってる?」
彼女が髪を揺らすとともにリボンもゆらゆらと揺れた。彼女の笑っている顔はいつもどおり愛嬌があって可愛かった。
「うん、似合ってるよ。とても」
大体彼女は何をつけても似合う。
「よかった。やっぱり、いいことあったわ」
「何が?」
「きみに褒められたこと」
彼女は花が咲くように笑った。ぼくが世界で一番好きな笑顔。それを朝から至近距離で浴びる。ぼくにだけ向けられた笑顔、それがいっとう嬉しかった。
うん、ぼくにもいいことがあった。ありがとう占い。
♢
中学校からの帰り道、いつもの如くぼくは彼女と住宅街を歩いていた。その道端に、明らかにいつもはなかった小さなテントがぽつりと建っていた。テントに掲げられた占いの文字。テントの下では一人の黒いローブに身を包んだいかにも、という老婆が佇んでいた。水晶玉を撫でながら何かを念じている様子。できれば関わりたくない。
彼女と世間話に花を咲かせながらぼくらはテントの前を足早に通りすぎる。無事通り過ぎたと思った頃、老婆のしわがれた声がぼくらに向かって放たれた。
「もし、そこのお二人さん」
それでね、お隣さんがね――とぼくらは何も聞こえなかったフリをして世間話を続ける。もちろん故意だ。でもこんな怪しげなおばあさんと関わっていいことはない。毎年何人もの子供が行方不明になっているのだから。
「そこの少年と少女。止まらなければ、今ここでぬしらの秘密を大声で言うぞ」
明らかにぼくらの方を向いて老婆が言う。どうやら厄介事に巻き込まれたらしい。
溜息の後、ぼくらは渋々そちらに赴くことにした。
「なんでしょう、おばあさん。わたしたち急いでいるんですけど」
意外と豪胆な彼女はまっすぐと老婆を見据えて言う。臆病なぼくは彼女の横に立つことしかできなかった。ああ情けない。
「ぬしら、あたしが知っているぬしらの秘密に興味がないかい?」
悪戯っぽいというかどこか意地悪そうな笑みを浮かべて老婆は問うた。秘密ってなんだろう。ぼくがはいと答えようとしたところで、やはり彼女が一歩先手を打って答えた。
「いいえ、ないです」
さすがの老婆も面食らったらしい。
「いや、ぬしらの秘密じゃぞ? なぜあたしが知っているか、とか気にならないのかい? もちろん崇高な占いのお陰じゃがな」
水晶玉を撫でて自称占い師は怪しげに笑った。彼女は眉一つ動かさずに口を開いた。
「はあ。だってあなたは赤の他人ですし。それにわたしたちは急いでいるので、これ以上用がなければ失礼します」
「待て。まあ、あたしの占いを聞いていきなさい」
「そう言って、聞き終わった後にわたしたちから大金を巻き上げようって魂胆じゃないでしょうね」
腕組みをしてジト目で答える彼女。ぼくは心の中で拍手を送った。ああ情けない。
「……気の強い少女なのじゃな、ぬしは。あたしは金はとりやせんよ。ただ占いは生き甲斐なんじゃ。占いたいから占う。ただそれだけ」
ぼくは少しだけ老婆に同情した。たぶん老婆は話を聞いて欲しかっただけなのだ。占いは人を占ってこそ楽しいのかもしれない。ぼくには理解できないけれど。
「ではいくぞ。ズバリ、ぬしらは恋人じゃろ。水晶玉がそう言っておる」
「いいえ。違います」
彼女はきっぱりと即答した。
「な……そんなまさか。嘘をつくでない」
「そんなしょうもない嘘、ついても仕方がないでしょう?」
「はあ……」
占い師は自分の占いが外れたことにややショックを受けているようだった。しかしぼくのほうがショックを受けていたかもしれない。まるで失恋。さすがにそれは嘘だけれど。
まあ、これは決して恰好つけているわけではないし、見栄を張っているわけでもない。今更ぼくは関係の名前に拘ったりしないからだ。
恋人でも幼馴染でも腐れ縁でも、なんでも彼女が隣にいるならそれでいい。相手に高望みをすると苦しいのは両方だから。
「あれま、おかしいねえ。あたしゃの占いが外れることはないのに。ああ、わかった。これから恋人になるんだ。線を一本数え間違えていたわ」
水晶玉を穴が開くほど見つめて老婆は慌てて呟く。滑稽だった。水晶玉に一体何が書いてあるというのだろう。ぼくにはわからない世界だ。
「はあ、なんでもいいです。じゃあ、今を占ってください」
呆れたような彼女の言葉に老婆は再び目を輝かせた。きっと老婆は純粋に占いという行為が好きなんだろうなとぼくは思った。
「よしきた。ちょっと待っておれ」
そう言いながら瞑目し、水晶玉をそっと撫でる。水晶玉を読むとか言いながら目を瞑っているじゃないか、とぼくは心の中でツッコんだ。
「うんと丹精込めて占ってください。時間はいくらかかってもいいですから」
そう言うと彼女はくるりとぼくの方を向いた。
――ほら、今よ。
彼女はぼくの耳元で囁くと足音を潜めて歩き出した。ぼくもそろりそろりと歩き出す。そして角を曲がったところで、どちらからともなく全力で走りだした。
「ふう、もういいかしら」
彼女が立ちどまったところでぼくも立ち止まる。なんとか抜け出せたようだ。
「とんだ災難だったわね」
「そうだね」
ぼくは何もしていないけれど、という言葉を寸でのところで止めた。そうしてぼくらは無事、下校を再開させた。
烏がどこか遠くで寂しそうに啼いている。それを背景に彼女はぽつりと話し出した。きっと先程の占い騒動に対する言葉。
「馬鹿みたいね。わたしたちの仲に名前を付けられると思ったのかしらね」
恋人なんて、ばかみたい。彼女は夕焼けの空を眺めながらつぶやいた。
「それよりどこからが友達で、どこからが親友で、どこからが恋人かの論議をした方が余程有意義だったと思うわ」
「……たしかに」
そこで彼女はくるりとぼくの方を向いた。夕方特有の線のある風が彼女の柔らかな髪を攫っていった。
「ところで、きみはわたしのことが好き?」
彼女は悪戯っぽくて透明な笑みを浮かべた。
嗚呼。彼女はぼくを振りまわすのがお得意なようだ。ラッキーアイテムの紺色のリボンが彼女の笑顔を一際うつくしく飾っていた。
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