第15日 運命の上でタップダンス

 ぼくの目の前で視界が忙しなく移り変わってゆく。人間はすごい生き物だ。自分の足では出せなかった速度を道具を用いて実現させ、自由に操っているのだから。例えば車とか。そう、ぼくはドライブ中だった。幼馴染の彼女と日の入りの絶景を見に行くためにレンタカーを走らせていたのだ。


 ぼくは運命という言葉が嫌いである。なぜなら、運命なんて言い始めたら森羅万象が運命という一言に片付けられてしまうから。生まれたこと、今日まで生き延びられたこと、いずれ死ぬこと、誰かと出会えたこと――隣にいる幼馴染の彼女に出会えたこと全てが運命のお陰になってしまう。運命論も嫌いである。生まれた瞬間にはぼくの人生が決まっているなんて認めたくない。だって、未来は切り拓いていくものだと信じたいじゃないか。


 なぜこんな話になったかわからない。とかく、話の流れでこれを幼馴染の彼女に言ったら彼女はしっとりと笑った。

「ふふ。きみはロマンチストね。まるで運命に恨みでもあるみたい」

「恨みなんてないよ」

 そう、恨みなんてない。彼女と出会えたことが運命というのならば、むしろぼくは運命に感謝しなければならないくらいだ。

「じゃあ、どうして?」

 不思議そうに、それでいて好奇心満々といった彼女の表情がすぐそこにある。二人きりのときだけに見せるこの顔がぼくは中々に好きだった。

「……さあ。それはぼくにもわからない」

「ただの八つ当たりじゃない」

 彼女はわらった。ぼくもわらった。やっぱり運命なんて嫌いだと思った。



「はー、やっと着いた」

 ようやく所定の目的地についた。あとは日の入りを待つだけ。およそあと十分というところか。無事に間に合って安堵の溜息を吐いた。その矢先。


 ポタ、ポタ。

「あれ、雨?」

 彼女が手のひらを上にして天を仰ぐ。ぼくもそれに倣う。そうして空を見上げたぼくらの顔を雨粒が遠慮なく叩いていった。

 サアアアアアーー。

 雨はあっという間に本降りへと変わった。霧雨のような雨。さっきまで赤く輝いていた太陽はもう雲の向こうへと隠れてしまった。

 ここまでものの数秒。絶景も雨とともに流されて消えてしまった。あまりのことに呆然とする。だってかなり前から計画して楽しみにしていたのだ。それがあと一歩でおじゃんになってしまった。ぼくは溜息を抑えられなかった。

「……はあ。折角来たのに、残念だったね」

「わたしはそうは思わないけれど」

「どうして」

 ぼくは彼女の言葉の意味がわからなかった。髪の毛から雫を滴らせながら、ふふっと彼女は笑みを溢す。

「だって、この雨の景色はここに来ないと見れないじゃない」

 晴れている時の絶景の写真ならポストカードにある。或いはインターネットの海に。だから誰も写真を撮らない雨の景色の方が愉しいのだと彼女は言った。

「……確かにそうだね」

 ぼくはそうやって物事を前向きに捉えられる思考回路を含めて彼女が好きだった。

 だからこそ、彼女に出会って彼女のことが好きになってしまったことが運命だったなんて言いたくない。予想外の連続だから人生は愉しいのに、運命と言って仕舞えばそれで終わり。それってつまらないことだとぼくは思うのだ。


 おもむろにばさりと彼女は自身の長傘を開いた。

「ほら、こっち来て。風邪引くよ?」

 そう言って彼女は傘の下にぼくを入れた。いわゆる相合傘というやつだ。余りに唐突な出来事にぼくはどうしようもできなくて思考がフリーズする。ぼくの沈黙をこのままでいたいという意志だと解釈したのか、彼女は再び絶景になるはずだった景色を眺めた。沈黙は肯定だ。


 サアアアアアーー。

 嗚呼、ぼくらは雨の中にふたりぼっち。

 周りに人がいない所為でそんな錯覚に襲われた。でも、悪くない。


 雨が降って絶景は見逃したけれど、僥倖はやってきた。

 運命は森羅万象を一言で片づけられるのに、ぼくはいとも容易く運命に振り回されるのだ。

 ――だから、運命は嫌いだ。

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