第14日 遅刻
ぼくの幼馴染の彼女はぼくを引っ張っていくのが得意だった。
小学生の頃、家が近かったこともあってぼくは彼女と一緒に登校していた。
ごくまれにどちらかが寝坊して約束の時間にやってこないことがあった。そんな時は片方がインターフォンを鳴らして起こしに行ったものだ。だから、ぼくらは無遅刻で小学校を卒業した。
六年間の中に、一度だけ二人とも寝坊した朝があった。ただ遅刻しないために二人で全力疾走しただけだが、今となってはいい思い出だ。
「ほら、早く。遅刻するよっ」
当時ぼくより足の速かった彼女は、いとも簡単にぼくを抜かしていった。目の前で赤いランドセルが揺れている。彼女はぼくよりも身長が高かったからか、彼女の背中はなぜか大きく見えた。
「ちょっと、間に合いそうに、ないから、先に行って……」
絵の具セットやら体操着やらの持ち物が多いせいで、ぼくは息も絶え絶えになっていた。でも、ぼくの所為で彼女まで遅刻になる必要はないのだ。そんなぼくの必死の言葉にくるりと彼女は振り向いた。
「ほらっ、貸して」
そう言ってぼくの手提げかばんや絵の具セットを強引につかみ取った。ぼくがあっという間もなかった。
「行くよ。きみを置いていくわけないんだから」
またぼくの目の前で揺れる赤。
ぼくはそんな彼女に惚れてしまったんだ。
♢
目が覚めた。懐かしい夢を見た気がする。いい夢だったな。――今、何時?
ぼくはがばりと身を起こした。ひったくるようにしてぼくは枕元の置き時計を手に取る。時計は午前八時を示していた。
「やらかしたっ」
完全に寝坊してしまった。あと三十分以内に高校につかなければ遅刻だ。ぼくは慌てて最低限の支度をすると、慌てて家を出た。
ぼくと幼馴染の彼女は同じ高校に通っている。家が近いという理由だけで、ぼくらは高校生になった今もなんやかんや一緒に登校していた。
ぼくが所定の時間に来ないときは、彼女から連絡があるはずだった。なのに何の連絡も来ていなかった。とうとう愛想を尽かされたか。そう思った矢先。
タッタッタッタッ。
向こうの道路から駆けてくる少女が一人。言わずとも知れたぼくの彼女だった。
「おはよっ、きみも寝坊っ?」
彼女の寝ぐせのつきっぱなしの髪がいかに時間がなかったかを物語っている。
「うん、久しぶりにやらかしちゃった」
「奇遇ね、わたしも。じゃあ急ぐよっ」
彼女はまた駆けだし始めた。ぼくの目の前で揺れるリュック。
ぼくはふとあの日のランドセルを思い出した。どう頑張っても追いつけない赤色。大きい背中。
――あれ。こんなにこの背中は小さかったか。このスピードなら、軽々と追い越せてしまいそう。
気が付けばぼくは彼女よりも頭一つ分大きくなっていたのだ。足も彼女より速くなっている。当たり前だ。ぼくは高校生男子で彼女は高校生女子。生物学的にも男であるぼくが、女である彼女より背が高くて足が速いというのは別におかしい話ではない。
でも、いつの間にそうなったんだろう。
ぼくは唐突に時の流れを感じた。いつの間にぼくは彼女の身長を抜かして、いつの間に彼女の背中に追いつけるようになったんだろう。グラデーションの日々では何かを見落としてしまう。それを突き付けられたときの衝撃は大きい。事実はいつもすぐそばにいたのに。
でも、そんなことはどうでもいい。ぼくが為すべきことはただ一つなのだから。
「それ、重いでしょ。ぼくが持つよ」
ぼくは彼女の手提げを強引につかみ取った。彼女の手提げは思ったより重かった。こんなものを華奢な体躯が抱えていたのか。
ぼくの突然の行動に彼女は驚いていたようだったが、一拍置いて笑った。
「ありがとう。きみは頼りになるね」
その一言でぼくはどこまでも走れる気がした。
ちなみに、学校には普通に遅刻した。
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