第10日 まるで御伽話みたいな
ぼくはご都合主義のハッピーエンドがあまり好きではない。その裏には救われなかった誰かがいるはずだから。
例えば、悪者がやっつけられて主人公がすくわれる話。読後すかっとしたなんて感想が多いが、悪者からすると主人公が自分の道を害する悪者で、迎える結末はバッドエンドだ。いつも成敗される鬼なんて可哀想。そんな事を考えてしまうぼくはきっと捻くれている。
瞼を上げる。途端に視界へと飛び込んできた天井の木目。――木目?
がばりと身を起こす。ぼくが被っていたのはぺらぺらの布。いつもの羽毛布団はどうした。いつもの寝間着はどうした。
取り敢えず立ち上がって隣の部屋へ行く。コーティングも何もされていない木の床が新鮮。歩いていくとすぐにぱちぱちと火の爆ぜる囲炉裏が目に入った。それから柔和そうなおばあさん。
「桃太郎や、起きたかい」
その言葉でぼくは全てを理解した。ぼくは桃太郎。ふうん。もちろんぼくの本名は桃太郎ではない。
「おはよう、おばあさん」
もしかしたらぼくは存外適応力が高いのかもしれない。
おばあさん曰く、最近は鬼が村を襲って悪さをするらしい。特に年頃の娘が攫われているそうな。鬼も人を選ぶんだなとぼくは思った。
「鬼退治に行ってくるよ」
おじいさんとおばあさんが心配そうな顔でぼくを見ている。桃太郎という人間は愛されていたんだな。
「心配しないで、おじいさんにおばあさん。ぼくは桃太郎だから」
きっと桃太郎ならこういったであろう台詞を唱えながらぼくは思考を巡らせる。
――とりあえず鬼と話し合いでもしてくるか。ぼくは蓋し平和な時代に生まれ育ったから、暴力は暴力しか生まないという思考回路を持っている。話せばわかるというやつだ。確かこれは板垣退助の言葉だったっけ。うーん、この言葉はちょっと縁起が悪いか。
「じゃあ、行ってくるよ」
ぼくは刀とどんな動物でも仲間にできるというきびだんごを持って出発した。犬。猿。雉。彼らを率いてぼくは何とか鬼ヶ島へとやってきた。そこにいたのは鬼、鬼、鬼。その中でひときわ威厳を放つ鬼に話しかける。話し合いをするにはやっぱりトップじゃないと。
「こんにちは。ぼく、桃太郎」
途端に振り返る鬼。皮膚が赤くて背丈はぼくの二倍弱。単純換算で体積は八倍弱か。踏みつけられたらひとたまりもないなと思いながら、ぼくは友好的な笑みを浮かべる。
「何用だ」
意外と言葉が通じてびっくりしたが、ぼくが桃太郎であること自体不思議なので動じない。
「いやー、村を襲うのやめてもらいたいなって。鬼ヶ島から人間の村まで遠いでしょ? わざわざ大変かなと」
鬼は存外簡単に頷いた。
「そうかもしれぬな。だが先に此方を襲ってきたのは人間だ。ここで引き下がっては示しがつかぬ」
ふうん。ぼくの知らない歴史。どこの王も大変なんだなと思った。
「じゃあ、せめて誘拐した娘を返してほしい」
何もせず帰ったらぼくだって示しがつかない。
「断る」
「そっか。わかった」
適当に返事をして無言で踵を返す。鬼はぽかんとしている。わかる。ぼくだって逆の立場ならそんな顔になるはずだ。
もちろんただで帰るわけじゃない。鬼ヶ島を探索して攫われた娘たちの安否でも確認してやろうという算段である。死んでいなければいいけれど。鬼たちが静かについてくる気配を背中に感じながらぼくは歩く。
そして、ぼくは檻に囚われている娘たちを見つけた。
――その一人は、幼馴染の彼女だった。
くるりとぼくは振り返った。途端にたじろぐ鬼。
「やっぱり交渉決裂。ぼくは桃太郎の使命を全うするよ」
刀を振りぬいて鬼に向かう。腐ってもぼくは桃太郎であるから、あっさりと鬼たちを退治した。犬たちがいてよかった。
そうして全てが終わったのだ。
ぼくは彼女の無事を確認し、そのまま彼女を抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。ぼくは桃太郎なんだからこれくらい格好つけてもいいだろう。
「ありがとう、桃太郎」
腕の中で彼女がわらっていうのだから、ぼくは世界一幸せな男だった。鬼は成敗されてしかるべき。ハッピーエンド万歳。めでたしめでたし。
嗚呼、人間て現金だな。
――そんな夢を見た。
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