第7日 深海魚みたいなぼく

 今日、ぼくと幼馴染の彼女は水族館へ来た。彼女が行きたいと言ったから。


「ほらほら、早くしないと遅れるよ」

 テーマパークへ行くのと同じノリで彼女はぼくの手を引く。薄青のシースルーブラウスに黒のロングスカート。いつもとは様相が違う服装を褒めたら彼女は破顔した。

「水族館コーデなの」

 女の子というのはたいへんかわいい生き物なんだなと思った。

「かわいいね」

 ふふん、と満足気に笑う彼女。嗚呼、彼女だからたいへんかわいい生き物なんだ。


 水族館に入ってまずぼくらを出迎えたのは熱帯魚のコーナー。色鮮やかな魚たちが躍っている。

「きれい……」

 そう呟く彼女の瞳で魚が泳ぐ。きれいだった。

 ぱしゃり。ぱしゃり。

 入口付近ということもあり、たくさんの人が魚の写真を撮っていた。その中で彼女だけは黙って魚を見つめていた。

「写真、撮らないの?」

 周りの客よろしく写真を撮りまくっていたぼくは問うた。彼女はわらった。

「今、目に焼き付けたほうがずっときれいだから」

 確かに。ぼくはそっとスマホをしまった。魚と、魚を眺めるうつくしい彼女を目に焼き付けるために。

「ちょっと、わたしじゃなくて魚を見なよ」

 振り返った彼女は苦笑した。水の青に馴染んできれいだった。


 熱帯魚、淡水魚、海水魚。

 ぼくの目の前で数多の魚が泳いでは去っていった。意外にも彼女はたいして時間をかけずに先へ進んでいく。淡々と魚たちを眺めるだけ。思わずぼくは問うた。

「クマノミとかクラゲとか、もう少しじっくり見なくてよかった?」

 何人かの少女たちがきゃらきゃらとはしゃぎながらクマノミの水槽に群がっている。彼女は振り返らなかった。

「ええ。もう目に焼き付けたから」

 それに、と彼女は続ける。

「クマノミたちの良さは多くの人たちが知っているもの」

 まるで何かのなぞかけみたいだ。ぼくは首を傾げた。


 そして訪れた深海魚コーナー。辺りが仄暗くなって心なしか空気が冷え冷えとした。どこか落ち着く。

「深海って宇宙みたいよね」

「宇宙?」

「神秘的かつ過酷ってこと。寒くて暗くて水圧がすごくて。でも、この子たちは生きている」

 不思議よね。そう言い残して彼女はじいっと深海魚を見つめる。よくわからなかったが、ぼくも何とはなしに眺めた。そして早々に飽きた。

 こんなに長いこと深海魚のコーナーで佇む客はぼくら以外にはいない。ぼくは何人もの客を見送った。

「ねえ、そろそろイルカショー始まるよ。行かなくていい?」

 さりげなく先へ進むよう促してみる。彼女は首を振った。

「きみは見に行きたい?」

 ぼくも首を振った。彼女のみたいものがみたかった。

「じゃあ、いいじゃない」

 そう言ってもう一度彼女は深海魚を見つめた。

「……どうしてそんなに深海魚が好きなの」

 ぼくが問うと、彼女は水槽から目を離さず答える。

「きみみたいだから」

 え。

 慌ててもう一度深海魚をまじまじと観察する。しゃくれた顎、そこから覗くギザギザの牙。お世辞にもあまりきれいだとはいえなかった。

「ぼくって深海魚みたいな顔をしているのかな……」

 少しだけ傷ついて呟くと彼女はころころとわらった。

「ふふっ、きみったら面白い。そういうわけじゃないのよ」

 今度こそ彼女は振り返った。にぃっとその大きな目を細めて彼女は言葉を紡ぐ。


「わたしだけが良さを知っていたらいいってことよ」

 

 うわ。まわりに人がいなくてよかったとぼくは思った。

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