第22話

 映画を見終えた後、同じ建物内にあるファミレスに向かい。

 デザートとドリンクバーを頼み、三椏と先ほどの映画について語り合う。


 話が合うか少し心配であったが、僕と同じくアニメやマンガが好きなようで。

 話し足りないと思いつつキリのいいところでやめて外へ出てみれば、空がオレンジ色へと変わっていた。


 自分でも珍しいと思えるくらい久しぶりに楽しんでいたようで、充実した日を過ごした気分である。


 三椏に抱いていた面倒なイメージはだいぶ薄れ、今はそこそこの位置づけだ。

 可も不可もないが、共通の趣味があるため会えば話す程度だろう。

 そもそも学校が違うから今後接点があるかと聞かれれば首を傾げるしかないのだが。


「三椏、最寄りは?」


 まだ日も出ているがいい時間であるため、可能なとこまで一緒に居てさよならすればいいと思っていたが。

 今日はこのまま先輩の家に向かうらしいので途中まで送って行く事にした。


 話す内容は先ほどまで語っていた映画のことであったり、好きなアニメやマンガについて。

 安易に人の懐を探るほど面倒な事をする気はないし、趣味以外の三椏に興味が無いとも言える。




 もうすぐ別れ道というところで、対面からやってくる人にふと意識が向いた。


 帽子を目深にかぶっているため分かりにくいが、背格好から女性だと思われる。

 外を出歩いてもおかしくは無い程度のラフな格好であるが、黒一色。


 別にそれだけであるのなら一瞬、気にする程度のことなのだが。

 誰かを待つように立っていたその人は僕が見たことに気が付いて、動き始めたような気がしたのだ。


 ただの自意識過剰なのかもしれないが、その人の視線が進む先ではなく、僕へ向いているような気がする。

 目元が隠れているので勘違いかもしれないが。


 ある程度距離が縮まり、その人がポケットに手を突っ込んだところでずっと見ていた自分に気がつき、三椏へと目を向ければ。


「…………ぃ」


 何か聞こえてきたのとほぼ同時に三椏が驚いた顔をして硬直したため。

 その視線を辿れば、先ほどまで見ていた人が手に折りたたみ式のナイフを持ち、僕目掛けて刺そうとしていたのが目に映る。


「お前のせいで私の人生滅茶苦茶だっ!」


 ナイフを叩き落とそうと思った時にはもう懐まで近づかれており、すぐにぶつかった衝撃と腹部に何か異物が入ってくる不快感が襲ってきた。


 少しして一歩、二歩と僕から離れていく姿が見え、ぶつかってきた時に取れた帽子によって素顔が露わになり、女性だと分かったのだが。


「…………誰?」


 見覚えがあるような気もするけれど、分からない。

 そんな事より彼女の手にはナイフが無く、僕の腹に深く刺さったままであるため。

 痛みよりも熱さを感じ、むせるような咳をすれば口の中に血が広がる。


 服に血が滲んでいくのを見て、徐々に身体が刺された事を認識し始めたのか痛みが襲ってきた。


「……ははっ」


 通り魔とかに刺されたらどうなるのだろう、とか。

 車に跳ねられたらどうなるのだろう、とか。

 他にも色々と考えてきたことはあったが、想像は所詮、想像でしか無い。


 今、感じているこの痛みは実際に体験しなければ伝わらないものだ。

 もしかしたら死ぬかもしれないという考えが頭をよぎるが、それはそれで面白そうだと、口から血を吐き出しながら思う。


「ねえ……名前、教えてよ」


 僕を刺した彼女への興味が湧き、激しい痛みに顔が歪んでいるのを理解しながらも一歩、距離を詰める。


「…………ひっ」


 だがお化けを見たような顔をして離れようとするのでその前に手首を掴み、逃げられないようにして更に半歩詰める。


「怖がらないで。僕は君に興味があるんだ。……ああ、ほら、ナイフを返すよ」


 身体に物が刺さった時は抜かない方がいいと聞くが、刃物の場合はどうなのだろう。

 抜いた後に血を止めるほどの筋力が無いためこのまま垂れ流しになるけども……まあいいか。


 彼女の掴んでいる方の手を上向きにし、腹から抜き取ったナイフを握らせる。

 ナイフについている血が地面へと落ち、創作でよくみる血痕が出来上がるのを目にし、改めて非日常を今体験しているんだと嬉しい気持ちが込み上げてきた。


 僕が今、彼女への興味が尽きないのはある種、尊敬の念を抱いているからでもある。


 世の中の事柄を『出来る』か『出来ない』で区分した時、大抵の事は『出来る』と僕は思っている。

 だけどそれを『やる』か『やらない』かで区分した時、『出来る』ことの大半は『やらない』に入ってしまう。


 今回のナイフを人に突き刺す事なんて誰でも出来る事なのだ。

 でも、誰もやらない。


 小さい頃から漠然と理解している事であるし、成長するに従って得る論理巻のようなものがそうさせないのだと思っている。


 僕もいきなり見知らぬ人へ殴り掛かったらどうなるのだろう、車道へ、線路へ人を突き落としたら、なんて想像をする。

 けど、やらない。


 何故ならそういうものだから。


 まるでゲームのシステムに縛られているような感覚だが、稀にこうしてシステムの呪縛を破るかのように法を犯す人がいるのだ。


 だから僕は、彼女に興味がある。


「僕が君に何をしたのか分からないけれど、本気で殺す気があるのなら刃渡りの短いこれよりもまだ包丁の方がいいよ。……これしかなかったのなら何度か突き刺すか、刃を横にして肋骨の間を狙えば、ほら。心臓だよ」


 別にこのまま殺されてもいいかなと思い。

 このまま刺せば心臓を一突きできる位置へとナイフを持つ手を誘導させる。


「あ、頭おかしいんじゃないの……っ!」

「人を殺そうとしてる君に言われたくないなぁ」


 彼女は手の力を緩め、ナイフを落としてしまった。

 先程まであったやる気が今は見えず、怯えた表情をしている。


 おもむろに僕は伸ばした手を彼女の顔の輪郭に沿うように当て、親指の腹で頬を撫でれば。

 吐き出した時に着いた血が乾き切っておらず、彼女の顔に線を引く。


「うん、いいね」


 そう口にした瞬間、足の力がスッと抜けて地面に倒れ込み、僕の意識は途切れた。

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嫉妬深い彼女 不思議ちゃん @hushigichan

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